第67話


音が、BGMが再開された。

踊り、歌を始める。

アイドルの子だけじゃなくて、家も同時に、それが当たり前みたいに開始する。

伸ばされた手に引かれるように、あるいは惹かれるように。


どこかで一度は聞いた曲、その記憶を再生し、音として出した。

動きを最適化する、手の動きひとつ、声の出し方のわずかな違い、体全体を「表現物」として出力する。


相手から、アイドルからリアルタイムでその動きを学ぶ。

鏡のように、同じ動きで同じ歌を歌う。


観客全員の、熱が上がるのが、わかった。

手に取るように把握できる。


戸惑う家のその動きを、心配そうにハラハラと見つめている。

うん、そして、上手くできると思ってたけど、実行するとなるといろいろ勝手が違った。


ああ、またミスした。

この動きじゃなかった。

けど、楽しい。悔しいよりも先に、そう思った。


少しずつ、けど、確実に学んでいく。

どうやればいいのか、どう出力するのかを。


全員が、ここを見ている。

注目している。

誰も彼もが、視線を、熱意を向ける、ただ一点の焦点に。

今、家は観客たちの熱を、直接感じ取っている。


なら、それをより燃え上がらせる。

ただのアイドルをするより、きっとずっと家に合っている。


あの客は、冷たくされるのを好んでいた、一瞬だけ視線を向けて後は決して見ないようにする。

あの客は、褒められることを求めていた、理解の笑みを浮かべて胸元の同じようなコサージュを示す。

あの客たちは、戦いの様子に興奮していた、踊りの合間にピンヒールの踵を打ち鳴らし、拳を振り上げる。


一動作にすべての想念を想起させる。

あなたに向けて行っているのだと、メッセージを伝える。

そして、ただの一時も休まずに、その魅力を、「かわいい」を振り撒く。


ただ歌うだけじゃ足りない、ただ踊るだけじゃ届かない、もっと、もっとできる、どこまでも伝えられる。


学んだすべてを、更に統合し、煮詰め、自分のものにしていく。


曲は間奏に入っていた。

次からは同じ曲調、同じ踊り、歌詞が違うだけ。

慣れた今なら、きっともっと上手くやれる――


「もう、いいよね?」


目の前のアイドルが、そう言った。

変わらない熱のまま――いや、抑え込んでいた溢れそうなものを滾らせたままで。


「もう本気を出しても、いいよね?」


気づく。

さっきまで、とてもキレイに踊り歌ってた。

まるで家への参考例を示すみたいに。


そこに中身と呼べるものは何も無かった――



  ◇ ◇ ◇

 


家ばかりを見ていた視線が、熱が、ぐっと動いたのがわかった。

それだけの叫びだった、それだけのパフォーマンスだった、家がやったような「どこかで見た魅力の集合体」じゃない、本人がその内側から引きずり出した、真っ当な「魅力」を示した。


命がちぎれるような、叫び。

あるいは、その魔力の輝き。


誰だって注目してしまう。

参考にするなんて、とんでもない、唯一無二の星の煌めきだった。


負けていられない。

学んだすべてを取り込み、家のものにする。


すべての魔力をより濃く、より鮮やかに。


身体だけじゃない、声だけでもない。

心の動きが光として溢れ出し、家とアイドルの子を彩った。


もっと、伝えられる。

もっと、まだまだ、行ける。


一ミリのズレもない、完全なシンクロ。

対称的な動きは、それだけできっとつい目で追ってしまう。

それだけじゃない、纏う光まで――心の動きまでもが連動し、対称的に動く。


家のやったことじゃなかった。

こんなのを、どうやればできるのかなんて、まったくわからない。

心のままに魔力を放出して、それがたまたま……


いや、違う――


アイドルの子が、学んでいる。

家の魔力の放出の仕方を急速に理解して、真似している。


家がどう「アイドル」をやればいいのかを知ったみたいに、発せられる魔力を――「家の心の形」を把握している。

把握して、その出力に合わせた魔力放出をしている。


そんなことが、こんなことができるんだ――


ほとんど呆然とした気持ちで、そう思う。

わずかに違う挙動だった部分が、あっという間に同一の光になる。動きも、声も、魔力すらも対になり、まるで蝶が羽ばたくみたいに、ふたりで舞う。


魔力の羽が、会場すべてを浚った。


風もなく、羽化して飛び立つ直前のように。

ふたりでこのステージを彩る。


この世の果てのようなその舞台で。


「まだだ」


アイドルが、言った。

限界はここではないと。

さらに上があると宣言する。


「家、あたしは願う!」


思わず目を見開いた。

そうか、そうだ、家は今、このアイドルの子のことを憶えている。ちゃんと見えている。なら――

まだ、願われていない。

素で、ただの実力で、今のぜんぶは行われた。


「ここを、二人で、最高のステージに!」


三曲目が始まり、家が顕現した。



  ◇ ◇ ◇



前奏が流れる中、輝く機構が現れる。

巨大に、大きく、ステージ上部に浮かぶそれは、言ってしまえば家の本体、あるいは家そのものだ。


本来なら記憶を燃やして叶える側なのに、今の家はむしろ魔力をこれ以上なく充填されているせいで、その姿を露わにしていた。

かなり、恥ずかしい。


全体の姿としては、逆さにした樹木のよう。

だけど、葉っぱは一枚もついていない。

一般的な樹木のように細長くはなくて、直方体のような形に収まっている。


枝々の先には銀糸の元となるものが伸びていた、スポットライトに煌めき、わずかに見える。

その内部は透明に透けて見え、いくつもの光点がきらめく。

外見は樹皮というより、透明な強化プラスチックのようだとは家主の言葉。

家としては、ヘンテコなガラスみたいだと思ってる。


記憶し、忘れ、力を発し、望みを叶える。


あまりに単純で嫌になる見た目だ。

こうなると分かっていたら、もうちょっとくらい、こう形を整えて置くべきだったなと思う。

銀糸で布を編んで被せるとか、そんな感じに。


機構が発動する。

記憶の一切を、アイドルの子に関するそれを焼却する。

同時に、割り当てたIDが消され、家を扱う権限が失われる。


膨大な魔力を用いて、ただ二人を彩る。

膨大な熱量が、この時を満たすためだけに消費される。


浮かぶ、二人で。

あまりに強すぎる魔力を纏うと、地に足をつけていられない。


戸惑い、どうしていいかわからないとなっていた時間は、ほんのわずか。

前奏が終われば、そんなことは言ってられない。

新しい舞台で、新しい表現を行う。


踊る――地上とはまったく違うやり方、足を移動のために使わない、むしろ足を手のように「表現するための道具」として使う、それを二人で学んで行く。

歌う――異なる方向からかかる加速に振り回される、安定した力強い発声を許さない、与えられた魔力を使い、無理やり息を吐き出させる。更に遠くなった観客たちへ、更に巨大な声で届ける。


全員が、あんぐりと口を開けて見ていた。

ついさっきの家がそうしていたみたいに、心をただ奪われていた。


これは、彼らの奥底の望みを叶えるものじゃなかった。

だけど、彼らの心の奥底までもきっと焼き尽くした。

家だけならそんなことはできなかったけど、一緒になら、できる。


願いを叶え終わった家本体は消えていて、暗い夜空が背景だった。

時間にして300秒。

たったそれだけ。


万人の憧れの、その先に行ける時間は、そう長くは続かない。


今はもう、家は相手が誰だかよくわからない。

ただ巨大な魔力を使う、とてもキレイで、熱い存在だとしか。


きっとはるか先の未来ですらも見られない、自由に、自分の意志で飛ぶ舞台。

光を幾重にも振りまき、二種の恒星のように、一対の魔法のように、ただ魅了するために行う。


はは――


歌の合間、震えた笑いが届いた。

魔力の伝播で伝えられた、相方のように踊る子の声は。


 やった!


無邪気な喜びに満ちていた。

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