第66話
会場が、動いた。
いろいろな場所に、いろいろな別の形として演じていた「家」たちが、思いついたように立ち上がり、観客たちを促しながら歩き始めた。
跳ねて踊って、旗振りのに導かれながら。
あるいは、短鞭を鳴らして客にパンツ一丁姿の行進を強制しながら。
あるいは、ガクガクと震えながら進むのを周囲からサポートしながら。
あるいは、黙って歩く「家」から離れて、伺うようについて行きながら。
あるいは、触手にとらわれて、無理矢理に引きつられながら。
二十人以上の「家」が、そうやって中央の、このステージへと集う。
上から俯瞰すれば、磁石に砂鉄が集まるみたいに引き寄せられた。
その様子が、家にはなんとなくわかった。
どれもこれも「家」の分体、あるいは出力した幻だからかもしれない。
まして、土台となってる場所全体も「家」なんだ。人の動きは把握できる。
けど、今の家の意識の大半は、そんなことに向かわなかった。
歌う、踊る、あるいは叫ぶ、跳ぶ。
その一瞬も止まらない、目の前で全力で行われるすべてを見つめ続けた。
どうしようもなく無益な、きっとなんの役にも立たない熱量、はるか昔の家なら無駄と断じてしまうような、けれど、間違いなくこの世でもっとも高い熱。その行く先は、すべて家に向けられた。
ただ家だけを撃ち抜いた。
会場に、人が集まる。到着する。
旗を振った「家」が、当たり前のように家へと滑り込む。
短鞭を持った「家」が、まるで躊躇せずに合流し、別のが「へへ……」と卑屈に笑いながらも合わさり、あるいは歩く姿をまるで変えぬままに重なり――
そのことに驚く人もいたみたいだけど、受け入れる人が大半だった。
自然と、どこかでわかっていたのかもしれない。ここにいるのも「家」だ。
これは、彼らが見た夢のような舞台の続きだ。
ステージと、その前で呆然とする「家」と、それを取り囲むような観客たち。
そのバランスは、けれど、だんだん崩壊していく、沢山の「家」が合流し、引き連れられた観客たちもここに集まる。
それでも、アイドルはただ家だけを見つめる。
家だけを相手にそのパフォーマンスを行う。その熱そのままに、周囲に人なんていないみたいに――
「さあ!」
手を伸ばした。
こちらに来いと、その動作が言っていた。
遥か上のステージの上から。
身体が、震える。
それに抵抗する術なんて、家にはなかった。
熱に浮かされたように、進む。
なにもないはずの地面を踏みしめ、歩き、そして、登った。
透明な、目に見ないガラスのような階段があった。
はじめからあったわけじゃない、なのに、ごく自然と家はそれを踏んで上がっていた。
星へと向けて、らせん状の透明を登る。
一段ごとに、進むほどに、家の姿が変わった。
衣服が、どこかで見たかわいさに、靴が、どこかで見たような鋭いピンヒールに、手には、どこかで見たような剣を模したマイクが、そして、この世の静謐をすべて込めたような長髪がくろぐろと伸びる。
魔力が充填される、アイドルとして必要な要素のすべてを詰め込まれる。それでも、足りない、まるで不足してる。
遠く登ったその先にいるあの子の輝きには、きっとまだ届かない。
また合流する、ひとりひとり違う「家」が重なり、さらに強く、さらに深く充足する。
憧れたそれに届くように、どこまでもどこまでも。
今はもう下にある観客たち、彼らがざわめきはじめた。
「家」の合流って異常現象に対してじゃなかった。
家とアイドルの子を、たどり着くその先とを比べて、悲鳴に似た声を上げる。
無茶だ――
無理だ――
敵いっこない――
あんなの、人間じゃどうしようもない――
そんな声が聞こえた。
家は、ただ登るほどに動きが最適化された。
どうすればいいのかが、わかってくる。
どうやれば観客の心をつかむのかを、体験した。実際にそれを味わい、行っていた。そのフィードバックがもたらされる。
憧れに至るために必要な情報が、わかる。
今の家はきっと、観客たちから見て、彼らが心を奪われた相手そのものに見えている。
違和感なんてありはしない。
数十もの異なる魅力を統合し、同時に、それぞれのままであり続ける、そう「願われた」のだから。
たどり着く、ようやく頂点へ。
アイドルの子と同じ高さにまで。
思ったよりも高いし、想像よりもずっと広いステージ、その中央に立つ人の、伸ばされた手を、家は取る。
相手の顔は青ざめ、けれど目には熱を灯していた。
見えないけれど、ステージ上には他にも人がいる。
祈るような切実な思いが存在していた。
「やっと来た」
震える唇を隠そうともせず、けれどハッキリそう口にした。
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