第65話


会場は最高潮の盛り上がりを見せていた、歩きやすい敷地内を色んな人が放浪する、そこかしこに置かれた軽食や飲料水を時間を惜しむように詰め込んで、また別のステージへと歩き出す。

体力の限界になった人も、休憩所で座りながらギラついた目でステージを睨んでいる。


案外、同じところに続けて行く人は少ないみたいだった。

二回同じ所に行ったら、次は別のところへ、という塩梅。

甘いものばっかり食べたら飽きるから、たまにしょっぱいものを口にしたいって理屈なのかもしれない。


うん、ただこれ、なんかヤバい催し物になってない?

邪神の宴だとか言われても、家は割と否定できない。

触手に掴まれた人が、奇声だか歓声だかを上げて高い高いされてるし。


ただ、それでも家はそれらに興味を持てない、どうしても「家自身」だとしか思えない、すごいアイドルだとは捉えられない。なんでみんな、そんなに熱狂してるの?


なんだかつまらない気分のまま、ふらついた。

意外というか当然というか、家主もあんまり興味がないみたいだった、「酒飲んで寝る」とだけ言って部屋に戻った。


そうして、全体中央の、ぽっかりとしたステージにたどり着いた。

徐々に夕闇が忍び寄る最中、ここだけライトで照らされてないから、やけに暗かった。

まだ開始されていないのかもしれない。


下は床じゃなくてキレイに均された土、ところどころに雑草が生えている。

一段高くなったステージには、音響施設とライトの群が影に埋もれてる。


他がきらびやかでキレイだからこそ、余計にここの静かさが際立ってた。

場所としては本当に中央、全体の真ん中に位置しているのに、ここだけが熱狂から取り残されている。


ただ、だからこそ休む場所として最適なのか、ぽつぽつと人がいた。

家もも少し休憩しようかと思って、どこかいい場所がないかを探す。

さすがにあの舞台の上はダメだろうと思う、そこは演じる人のための、アイドルをする人のための場所だ。


――はあ……


と息を空に向けて吐く。

地面を埋め尽くすような光が眩しすぎて、あんまり星は見えなかった。


――割と星、好きなんだけどなあ。


家で、元はダンジョンだったからかもしれない。

外の広がりが、その更に遠くにある輝きが、怖いけれど面白かった。


この世界は、家が思うよりもずっと広くて大きい、ってことを思い出させてくれる。


一番星じゃないだろうけど、まるで君臨するみたいに頂点で輝く星がある。

光が届くまで何年も何十年も何百年も必要としている遠さ。

その斜光に導かれるように視線を下げて、地上の光と、目が合った。



  ◇ ◇ ◇



スポットライトだった。

いつの間にか、ステージ上を照らしていた。


人だった。

何も言わずに立って、家のことを見つめていた。


きらびやかなステージ衣裳、手にしたマイクを武器みたいに握りしめて、星(スター)が、そこにいた。


アイドルの子だ――

ようやく、それに気づく。


あんまりにも印象が違うから、すぐにはわからなかった。

所在なく立つ家、あるいはまばらにいる観客、寂しい人の少ないステージ、そのすべてを認め、アイドルは一度ゆっくりと目を閉じた。


その立つ姿は、普通だ。

あの「家」の、吸引されるような絶対的な美なんてない。

どこにでもいる、ごく平凡な人間の形。


だけど、目が離せなかった。

人が両拳を握り、まっすぐ立っている、たったそれだけなのに、他への興味が途切れた。


こわいくらいの静寂。

意志のある沈黙。

わずか数秒の後――


目を見開き、拳を振り上げ、同時に爆音が両側から鳴り響いた。

すべてのライトが吠え上げ、演奏と叫びが空白になっていた地点を切り裂いた。

肌がびりびりと痺れるほどの、演奏、歌唱、ただ全力で叩きつけられるパフォーマンス。


一秒ごとに全力を、全魔力を、全魂魄を叩きつけているとわかるステージ。

それを家に、間違いなくただ家だけに向けて叩きつけている。

圧倒される、ただそれを見つめてしまう。


ふ、と記憶が蘇る。

あるいは、今の今まで忘れていたもの。


 かわいいあたしがこの世にいることは、この世にとってハッピーだから!


そんな風に、自信満々に言った子が、きっといた。

ただひたすらに「かわいい」を望む子が。

人間として、キレイになることだけを望むその彼方、その最果て――


踊る、まるで重力なんて無いみたいに。

ただの動きが、人間の動作が、まるでその踊りそのものが音を生み出しているみたいに、完全に同期しながら。


歌う、まるではじめからそこにあったみたいに。

それが声帯を震わせた、肺から出された空気だとは思えないくらい明確に、この夜の色を変えていく。


ああ、そっか――


家はただ、口をあんぐりと開けたまま、確信していた。


人間だ。

これは、家が憧れ続けた相手だ。


遠くて、違いすぎて、わからなくて。

長い長い時間をかけてようやく把握できたと思ったら、また遠くへ行ってしまう。もっとわからなくなってしまう存在だ。


ああ、ひょっとしたら、家は人間のことを壊したいくらい憎んでいたのか?

そうかもしれない、と心のどこかで思う。


だって、こんなキレイなもの、絶対なれない。


なりたいのに、ほしいのに、なれない――


そんな願いを、想ってしまった。



誰かが頷いた気配があった。

それはポルターガイストの、「願った直後の人」の気配だった。

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