第63話

色々な、なんかもうよくわからない準備とか願いを叶える作業とかが高速で過ぎ去って、もうあっと今にライブ当日になってた。


「正直、時期も立地も最悪だった」


控室で、今更のようにそんなことをアイドルの子は言った。


「立地は、まあ、いつものこと。割とここって都から遠いしね。それこそちょっと近くのダンジョンに行くくらいの苦労がある。お年寄りとかは気軽に来れない」


指を一本立て、もう一本を追加する。


「時期は、都では戦勝パレードがあったばっかり。ここでだってお祭りが開催された。連続でお祝いごとなんてするものじゃない、どうしたって印象が薄れる」

――なのに、どうして?

「うん、今やらないと、この先もずっとやらない、それは確信できた」

――んん?

「あたしも監督も、割とケツが重い。特に監督のは酷いよ。延々と計画ばっかり膨れ上がった。「いつかもっとちゃんとした機会にしよう」って後回しにする。それをずっと続ける。だから――」


全開の笑顔で、アイドルは言った。


「だからこそ、今やるべきだ」

――お、おお……?

「これくらいの逆風が、ちょうどいい。下手に万全な方が逆に冷める。なにより――」


笑み好戦的なものに変わった。


「アイドル舐めてる奴ら全員を、ひれ伏せさせるいい機会だ。直前に戦勝パレードっていう「ちょうどいい比較対象」があるんだ、完全に見劣りさせてやる。戦力じゃなくて魅力で、上回ってやる」


そうして、色々な人が都で広報活動をした、らしい。

家にとってわかるひと、わからない人、関わった人、あんまり関わりがない人、全員を投入して「今日ここでライブをする」ことを告知した。


だけど、うん、未だにこの段階になっても、それは無謀だとしか思えない。


「大丈夫」


気軽にアイドルの子は肩をすくめる。


「もう半ば成功は約束されてる」


外では、もうすでに祭りが開催されていた。

家もアイドルの子も、まだここにいるのに、かなりの大盛り上がりだった。


どうしてなんだろうかと、家は不思議だ。

なぜだかわからないけど、なんか「家がすごく頑張ってる」ような感覚もあるし。



  ◇ ◇ ◇



家の敷地は、完全に展開されていた。

広大な面積すべてを床が覆って歩きやすくなっている、そこかしこには看板が立てられて、どこにどの催し物をやっているかを示してる。

とてもじゃないけど一日じゃ周りきれないくらいの広さ、食べ物や休憩所やトイレとかも設置されてるけど、足りるかどうか不安になってくる。それだけの人混みが、客数の多さがあった。


時間帯は、まだ日中。

ちょっと日差しが強くて暑い。

本来ならかっちり襟元を締めてる人も、少し崩してしまいたくなる陽気。

誰も彼もが薄着だった。


割と偉い人も来ているはずだけど、もう見た目だけではわからなくなってた。

ここから見てわかるのは、二種類の人々の違い。


来たばっかりで、戸惑っている人たちか、

汗を全身から流し、水をがぶ飲みしている人たちか。


後半は、ライブを終わったばかりだった。


多少は開催時間をズラしているけど、とてもじゃないけど一度には見れない。

休憩時間を挟んで、またフラフラと引かれるように歩いてた。


左手前には、フリフリのかわいい衣裳を着て、あははー、って感じの笑顔を浮かべる「家」がいた。

正確には、家が現出させ、実体化させた幻だった。

弾むように手を振っている、一時も休まずに跳ねて動く様子はついつい目が離せない。


左奥には、軍服っぽい衣裳で黒い短鞭を持ちながら、冷たい目で客をなじる「家」がいる。

あきらかに偉い人を椅子にして座ってるように見えるけど、たぶん気のせい。

冷たく、けれど優しい口調で、客たちの人間性を丁寧に否定して回った。


右手前には、おどおどして周囲を伺う「家」がいる。

唇は震え、顔は真っ青、だけど、どういうわけか巨大な剣を抱えてる。

演出としての敵が、巨大な影が現れ、その子は慌てたように剣を抜いた――と同時に奇声を上げて髪の毛を振り乱し、口の端から唾を伸ばしながら疾走、徹底的な破壊を行う。


右奥には、落ち着いたきれいな、本当にただ美人な「家」がいた。

その周囲だけ空気が違った。誰もが静かに、挙動を、わずかな指の動きを見守る。そのくろぐろとした大きな瞳に、全員が囚われている。

今日は暑いですね――とかそんなごく普通の会話なのに、話しかけられた人は顔を真っ赤にして胸を抑えた。

実は悪魔とか精霊の化身だ、そう言われたら信じてしまいそうな、静謐な吸引力があった。


他にも何人も、いくつものステージが設置されている。

それぞれの舞台テーマに合った「家」たちが、客たちを出迎える。決して彼らを離さずその場に釘付けにする。


見れば、ごく普通に歩く六人くらいの集団が、それぞれのステージに、別々に引き寄せられていた。

たぶんこれ、ステージの奥の方まで行ける人って少ない。


「監督のせいだよね、これ」


アイドルの子がぽつりと言った。


「ずっと延々と、ベストを模索する内に、最終的に思ったみたい」

――なんて?

「抱えたアイディア、理想通りの舞台、それら全部を実現させてしまえばいい、って」


遠くのステージでは、触手のようなものがウネウネと天へと上ってすらいた。

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