第64話
アイドルってなんだろう、と思う。
楽屋から出て、その辺りを歩きながら。
いろんな形の「家」を、そこに引かれている人たちの様子を眺めながら。
以前に聞いた時は、本職の寮生は肩をすくめて、客の心を焼き尽くすものだよ、とか言ってたけど、たぶん一般的な解答じゃない。
家主に聞いても「知らねえ、興味ねえ」としか返ってこなかったし、別の子に聞いたときには「銃、銃です、銃しかありません」とか言っていた。
参考にならない。
アイドルの子がいちばんまともな解答だった。
ただ、こうして種々様々な「家」がいて、アイドルやってる様子を見ると、それも一つの正解なのかな、とも思う。
たぶんだけど、心の奥底の願望や欲望に、対応するものだ。
自分ひとりだけじゃわからない、掴みきれない心の動きを、アイドルって存在が引きずり出す。
奥底に隠していたものを、表にさらけ出す。
あいまいな心が、それでようやく自覚する。「自分はこれがしたかったんだ」ってことを。
願いを具現化する、そのための方法は、きっとなんでもいい。
それこそ、人間じゃなくてもいいくらいだ。
ただ可愛く、ただ喜びのままに歌い、踊りたい。
偉い人間をひれ伏せさせて、その欠点や醜さを丁寧になじりたい。
弱くてちっぽけでも、大剣抱えて吠えて暴れて戦いたい。
ただキレイに、ただ美しく、多くの人から羨望の眼差しを浴びたい。
あるいは、
そういう可愛くて跳ねるものを見たい。
己の欠点や醜さを残らず指摘されたい。
ちいさくても必至にがんばる様子を知りたい。
純粋にキレイな存在に、ただひれ伏したい。
欲望を行うものと、それを見るものの、対応した関係だ。
隠していたものを、本当にされてしまったら、人がとれる選択はきっと限られる。
ただ熱狂してひれ伏すか、嫌悪を露わにして否定するか。
それがどういうものかを、もっともっと知りたいと近づこうとする。
その理想を、その「自分が隠していた願望を実現した相手」を分かろうとする。
そうじゃない、本当じゃない、そのやり方じゃない――
そう「目の前に現れた理想」を否定する動きも根っこは一緒で、それで守りたいのはやっぱり「自分の願い」だ。
――どっちにしても、卑怯なのかもね。
そんな風にも、少し思ってしまう。
だって、自分でやらずに他の人にやらせてる。
それで満足を得ている。
それで願いを半分叶えた気分でいる。
――だけど、届かないくらい強い「願い」の具現化でもある。
本当にしたいことを、先んじてしてくれてる。
実例として示してくれる。
その理想から目を離せないし、その理想を叩き壊したいとも思う、きっとどっちも本当だ。
――それなら……
ふと思う。
もし、そうだとしたら。
――家の理想って、家にとってのアイドルって、なんだろう?
よくわからなかった。
周囲の「家たち」がそうだとは思えない。
だってどれも「家」だし、家の力が幻出したものだ。
家が自分に憧れる、ってなんかヘンだ。
目を離せないくらい惹かれるし、ちょっと心の動きが違ったら叩き壊したいとすら思う、そんなのあんまり思いつかなかった。
ああ、家主に対しては、どうなんだろう?
んー……なんかそういうのとは、ちょっと違う気はする。
家族を理想だって思うことはない。
そういえば、似たようなことをすごく昔に思ったような、そんな気もする。
もう思い出せないってことは、燃やしてしまったのか、それともなんかの形で達成されたのか、きっとどっちかだろうけど。
――そういえば、あの子はどうしてアイドルやってるんだろ?
それも聞いたことがなかった。
アイドルとは、客の心を焼き付くすもの――そう言ってたけど、そんな経験があるのかな。
さっき見た姿を、思い出す。
楽屋から出てしばらく、家はちょっとした忘れ物をして取りに戻ろうとしていた。
暑いからハンドタオルとか持っていこうとして、できなかった。
ドアの隙間から見えたアイドルの子は、懺悔するように頭を垂れて、両手を硬く閉じていた。まるで、誰か見えない人の手を強く握っているみたいにしていた。
「うん、わかってる」
独り言、あるいは誰かに向けて。
「こんなところに参加しても、あたしはピエロになる可能性が高い」
はは、と自嘲するように笑い。
「まったく、あの監督、やってくれる。ここまで遠慮なしにやるとは、思ってなかった。あの子の魅力を、ここまで多面的に捉えているなんて、考えてもなかった。あたしを挑発してるし、あたしに挑戦してる――越えれるものなら越えてみろって」
伏された頭、だけど、床を見つめる目はギラギラとした熱があった。
その熱をこぼすように、口にする。
「ぜんぶ叩き潰してやる」
「監督の理想も、完全に理想通りのアイドルも、あるいはあたしの限界も、全部だ。すべて壊して否定する。それで証明してやる」
「ん? なにかって、そんなの決まってる。本当のアイドルは、あたしにとっての理想は、昔と変わらず――」
あんまり聞いちゃいけないと思って離れたから、最後の方は聞こえなかった。
ただ、余計にわからなくなった。
アイドルって、一体なんだろう。
家にとってのアイドルは、誰なんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます