八章 家とアイドル

第62話

都ではパレードが行われている。

強い悪魔を前騎士団長が倒したから、って話らしい。


ただ、その倒した騎士団長って人は、表彰されて大々的にみんなに紹介されるよりも前に、どっかに消えてしまった。

理由はよく知らない。

家だけじゃなくて誰も知らないみたいだ。

なんか「儂にも恥というものがある」とか言ったらしいけど、意味とか意図とかはまったく不明。


中心の立役者がいない祝勝パレード。

そのせいで、色々と噂が飛び交っているみたいだ。

本当は騎士団員が倒したんじゃないかとか、なんか悪魔と契約したからだとか、始王アルファが現れたからだとか。


王様とか貴族とかが代わりに壇上で勝利演説したみたいだけど、盛り上がりとしてはいまいちだ。

代わりに助け出された色々な人たちについてはみんな興味津々だ。

一部の歴史家とかは狂喜乱舞していた。直接当時の状況がわかると。そんなに貴重なものなのかな?


別の一部の人たちは冷や汗が止まらなくなった。

数代前の当主に、いまさら戻って来られてもどう扱えばいいかわからないよ、とか。

そんな前の資産を要求されても知らねえよ、とか。

清廉潔白で知られた人のスキャンダルとか今更開示されても、とか。


悲喜こもごもで、どうにか喜びの方が大きいかな、そんな状況。

この家にも何人か戻って来ていた。

これについては、素直に嬉しい。

大事に確保していた私室が、元の持ち主に戻った。

部屋が本来の機能を取り戻したことは、きっと誰にとっても喜びだ。



家主は最近、なんか忙しそうにしている。

家にはよくわからない人の治療をしていた。


「山場は越えたが、どう影響が残るかまったく読めねえ」とか言ってたけど、うん、こっちも意味不明だ。

というか失恋祭りってなに。

盛り上がった気はするけど、終わってみるとあれなんだ状態だ。

最近、家にとっての「なんだかわからん」がどんどん拡大している気がする。


今もまさにそうだった。


「これ、どう?」


目の前で、家用のアイドル衣装の打ち合わせをしている状況とか、特に。

いや、そんなのわかんないって、どうして家がアイドルすることになってるの。


「見たいから」


アイドルの子が、冗談ゼロの目つきでそう言った。



  ◇ ◇ ◇



どうやら、ちょっとずつ家について危険視する人たちが増えているらしい。

それは本格的なものじゃないけど、無視もできない程度には危ういものだった。


まだ小火(ボヤ)で済んでいる、だけど風向きによってはわからない。

だから本格的に燃え上がるよりも先に、何もかもを大規模破壊で吹き飛ばそう、って作戦らしい。

とても大雑把だ。


具体的には、敵視する人の十倍以上の人が家に夢中になれば、倒そうなんて言い出せなくなる。

「あいつら嫌い、叩き潰せ」って言葉を、「あの人たち大好き、また会いたい」で押し流す。


人気になったら別種の問題も出るけど、血で血を洗う戦いよりはマシ。

芸能活動で戦争を止めるのだ、とか息巻いてた。


ということで、打ち合わせ中。

アイドルの子とか、割と昔に出ていった人とかが、すごく真剣に計画してる。


家としては、色々な意味でダメなんじゃないかと思える計画を。


――あの、これって敷地をぜんぶ使うくらいの勢いに見えるんだけど……?

「ああ」

――そんなに沢山アイドルを呼ぶの?

「一人だけですべて対処する」


今は監督と呼ばれている元寮生が、ムッツリとした顔のまま、当たり前みたいに言った。


――一人、って誰が?


指をさされた。

どう考えてもその先にいたのは家だった。

振り返って後ろを見ても誰もいなかった。


――無理じゃない!?

「なんとかなる」

――正気になろう、理性を取り戻そう、どう考えてもどうにもならないよ?


監督と呼ばれている人は、問題ないとだけ繰り返した。

いや、こんなの物理的に無理。


「大丈夫だ」

「うん、きっと平気だと思うよ」

――ねえ、二人のその無根拠の自信はなんなの?


監督は肩をすくめた。


「願いようによっては、数を増やせるとわかったからだ」


本気で意味不明だった。


一晩だけ家をアイドルにする、という話だったけど、肝心の家自身はまったくわけがわからないまま、計画だけがドンドン進行した。

家にとっては、割と恐怖だ。


――れ、練習とか、必要なんじゃないの……?

「初々しさも必要だから」

「問題はない」

――さっきからどんだけ話を聞いても大丈夫な要素が一つもないよ!?


どんな歌にするかとか、ステージをどうするかとか詰めてるけど、家としては盛大に失敗する予感しかしない。

たくさん人を呼ぶ予定らしいけど、客の全員が激怒して青筋立てて帰ることになると家は思う。


「やはり、モンスター娘も一人くらいは……」

「監督、目的を見失っている、それはただの監督の趣味だ」

「多様性こそが!」

「受け入れられなきゃ意味がない、そこはシビアに」

「しかし、しかし、やはりアイドルは触手のひとつも生やさなければ――!」

「よく今までアイドルの監督できたな」


もうちょっと人間の言語で会話をして欲しいと家は思う。

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