第60話
なんでもないことのように、家主から言われた。
「家、オマエ、あんまり人に名前をつけたり、呼んだりするなよ」
――なんで?
「オマエが相手の名前を思い浮かべ、相手がそうしたいと認識するだけで、「願い」を叶える作業になりかねんからだ。男が強い剣を欲しがってる、だけだと平気だが、ボブが強い剣を欲しがってる、だとシステムが起動しかねない」
――なんでそんなウッカリを誘発するようなシステムを……
「オマエ自身の性質に根付いてるもんだから、下手に変えられねえんだよ。まあ、ある程度のセーフティーはつけるつもりだが、それも絶対じゃねえ。私もできるだけ他の奴らを名前では呼ばねえようにするよ」
現状が割と怖かった。
しゃっくりをするような勢いでシステムが起動するかもしれない。
――あ、そういえば、家主の名前ってなに?
「ん? 私は家主だ。それ以外の名前なんて、ただの仮名だ」
――変なの。
「まったくだな」
――ここは一つ、家が新たな名前を……
「やだ」
割と気に入ってるらしかった。
とても頑迷な顔をしての「やだ」だった。
たぶんだけど、家が家以外を名乗ろうとしても嫌がるんだろうな、と思った。
◇ ◇ ◇
それから時間が流れに流れた。
夢魔の主とかいう悪魔が、この辺で暴れたこともあったそうだ。
「転生の影響で、半ば魂が欠けたやつがたまにいる。他人の言うことを素直に信じちまうが、精神系の魔術はあまり効かねえ。だからソイツに複数人の「願い」を重ねてパワーアップさせて退治してたな」
そうなんだ。
知らなかった。
「割とオマエ当事者だけどな」
あんまり憶えてないから、それは知らないことに違いない。
きっと人間が、なんか色々頑張った結果だ。
――というか、家主、なにしてんの?
「見ての通り、日記を読んでる。夢魔のこともあるな」
――そんなの書いてたんだ……
「最近は書いてないけどな」
――なんで書いてないの?
「飽きた」
酷い理由だった。
あと家は憶えてないけど、英雄アガトルがドラゴンとか倒したらしい。
「いや、その弟のほうが本当の英雄だ。なんせ自力で『魂を燃やすもの』を退治した。で、その後でオマエの力を使って周囲から記憶を消すよう「願った」。んで、身内のアガトルが代わりに英雄として奉られた。弟の方には、なんかやけにツンケンした奴がついて行ってたな、事前に「その忘却の対象から外れるよう」オマエに願った上で」
そんなことがあったらしい。
――どうやってその弟さんは倒したんだろう。
「だから、自力だ」
――え?
「単純な身体能力で、炎を完全に避けて、分厚い鱗をぶった切って勝った。もちろん、「願い」とかのバフもなしで」
――人類って、割とすごいのかもしれない……
「いや、アイツがバグじみた強さだった、ってだけの話だろ」
それなのに、みんなから忘れられるように「願った」のは、家には不思議なことに思えた。
「本人は、適材適所だとか言ってたな。アガトルの方が、みんなをその気にさせてたぶらかすのが上手いからとか」
大昔の家が作ったっぽい球を弄びながら、家主はそう言った。
最近になって助け出された王子の人に関連していろいろトラブルがあるみたいだ。
「あー、それについては、なあ?」
――なんでそんな歯切れ悪いの。
「今、王族って奴らがいる」
――みたいだね。
「でな、最近になって血縁を調べる方法が開発されたんだ」
――へー。
「親子関係か、兄弟か、孫か、その辺りの血筋がわかる」
――割と詳しくできるんだ。
「それで今の王族、アルファの血筋じゃねえってことが、調査結果わかった」
――アルファって、なんだっけ、最初の王様だっけ。
「そうだな、本来なら直系の子孫してなきゃおかしいはずなんだが、どこをどう調べても違う。そして最近、長い間ずっと悪魔に保存されていた『王族』が戻ってきた、調べてみたらバッチリちゃんとアルファとの血縁だと証明された」
――よくわかんないけど、それ大変じゃない?
「だな、上から下までの大騒ぎだ、血筋としての王族を取るのか、実績としての王族を取るのかってな、他の貴族連中からしてもワンチャン来たと大興奮だ。その内、あの王子はこの家に避難しに来ることになるかもな」
人間って大変だなあ、と家は思う。
「まあ、結局は、そういうことだ」
――なにが。
「家、オマエが憶えてないことでも、私が憶えてる。視点が異なる上にところどころ歯抜けだけどな」
――ああ、うん。
「言ってしまえばサブメモリーだ。私の記憶は、オマエの記憶の補完になる」
――それは、でも、家主の記憶だ。
「だから、その辺をどうにかする」
――どういうこと?
「あの魔女の言ってたことは、癪だがある程度は当たってる。だから、まだ組み立て段階だけどな、私の記憶をオマエに移すためのシステムを組んでいる」
――え……
「上手くいくかわからんし、それでどんな影響が出るかもわからねえ。だが、まあ」
かすかな、見逃してしまいそうになるくらい淡い笑みを浮かべ。
「それでちょっとくらいは思い出すことも、できるだろうぜ」
頬をかきながらそう言った。
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