第61話 七章エピローグ


暗い、暗い場所でした。

誰にも知られぬよう、厳重に封印がされていました。


決して入れぬよう、決して出て来れぬように。

そこには恐れと畏れが横溢し、子供の逆上か駄々のような封がされていました。

解くのは、とても大変です。


厳重な時限式施錠がされた先――

自然の洞窟が進むほどに滑らかさを取り戻し、白磁の廊下が現れます。

その白さは、結晶化された塩が敷き詰められたかのように闃寂とし、それでいて牢固たるものでした。

人が在ることの否定が示された風景です。


ここは、ダンジョンでした。

誰にも知られていない地点であり、今の今までわたくしめも知りませんでした。


ヴィガーラと呼ばれた悪魔、その由縁を辿り、捜し当てました。


あるいは、あの悪魔こそがここを封じるもっとも強固な封緘であったのでしょうか。

長く長く誰も来ることのなかった場所です。


見覚えのある円形の空間。

同様の、あるいは相似した広さの中央に、それはいました。


『何者だ』

「名などありません、わたたくしめはただ魔女とだけ呼ばれております」


ただの一言で、全身に震えが。

表に出さぬように、けれど誠意を持って答えます。


巨体の奥から唸る声が、響きます。

疑心が漏れ出るような音でした。


『覚えのある、においだ』


わたくしめは声を出さず平伏し、ただ次の声を待ちます。

気まぐれに一吹きすれば、跡形もなく消し飛ぶと分かったままで。


『……魔女、魔女か。いったい何用だ』

「戦いたくは、ありませんか、全力で」


呼吸音が、止まります。

よほど意外な返答であったようです。

手応えがありました。


「あなたの求めるものは、それでしょう。己の思うがままに、その能力を存分に振るいたいと、そう願っています。古より封じてきた熱の一切を開放し、この世の有り様など知らぬと破壊を撒き散らす、けれど、それだけでは足りないのですよね。かの英雄ですらあなたにとっては不足であり不満だった。存分に受け止める相手がいてこそ、対等に戦う相手がいてこそ、あなたの魂は充足する。そこに妥協の一切は認められない」

『魔女よ』


怒りが、にじみます。

あるいは歓喜でしょうか。


『いるのか。そのような相手が』

「はい、いくらか手続きが要りますが」

『いいだろう――』


その巨体が、身を起こします。

それだけで、存在が縮むような心地でした。


『魔女よ、その口車に乗ってやろう』


人を圧倒する巨体、いかなる刃も通さぬ鱗、そして口より漏れる『魂を焼く炎』。

それは、ドラゴンと呼ばれていました。


「……ヴィガーラ、という名に覚えはありますか?」

『なに』

「わたくしめは、その残留された因子を辿り、ここまで来ることができました」

『友だ』

「あなたの戦うべき相手は、ヴィガーラを滅ぼした者です」


ドラゴンの、縦に割れた瞳孔が、赤く染まり――


『そうか』


いくつもの、柱のような牙が見えました。

鎧のような鱗が、いくつも逆立つ様子があります。


ドラゴンは、笑っていました。

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