第59話
ダンジョンは、家が以前にいた洞窟は完全に主を失い空っぽだった。
本来なら徐々に土に埋まって戻るはずだけど、そこに家が定期的にモンスターを生成していたせいで、まだかろうじて形を成していた。
それらを倒しながら、デルタは少しずつ、けれど確実に強くなった。
ちょっとやそっとの怪我も平気になっていた。
それ以外にも政治関連や経済についても学んでた、こちらは家主が主に教えていたけれど、たまに家もやった。
ただ、基盤がまったく違うから、それを教えたところで無意味だと家主に言われた。現代貨幣理論はダメだったらしい。
訓練がてら他の国にも行っていた。
どのような人間がいて、どのような違いがあるかを体感するためらしい。
家はついていけないから非常につまらなかった。
そうして、いつしか巣立つ日が来た。
もとからそのためだったけれど、寂しさはどうしてもあった。
――いつでも帰ってきていいから。
「はは、うん」
デルタは、もう怖いとは口にしなくなった。
代わりに、酷く無口になった。
「お世話になりました」
――うん。
ふと、周囲を見渡した。
なぜか、懐かしい気持ちになった。
そうだ。
家はここで、人間のことが知りたいと思った。
それはこの下で、ただのダンジョンをやっていた時には、まったく思えないことだった。
あの暗い場所で知れたことと、この10年で得たもの、この二つは比較するのも馬鹿らしいくらいの差があった。
――家は、たぶん、感謝すべきなんだと思う。
デルタではなく、その気配に向けて述べた。
――家にとって君たちは、人間で言う所の親のようなものだと思う。君たちの情報が、今の家になった。知らないことの多くを、君たちから得られた。家は……
言いよどむ。
こんなの、自信を持っては言えない。
――君たちを守れたんだろうか、本当に。
たしかに、そう誓ったはずなのに。ろくに達成できていないように思えた。
家の本分を果たしていないのではないか。
――得てばかりだ、あまりに家が得している……
俯く顔が、なぜか途中で止まった。
身動きが取れなくなった。
顔の表面が震える。
咆哮だった。その余波だった。
誰かが間近で吠えていた。
聞こえない、けれど、その叫びはたしかに否と言っていた。
そうではないと、そんなわけがないと――そう叫んでいた。
言葉はわからないけど、熱は、たしかに伝わった。
ああ、これが人間だ。
家は、ようやくそう信じた。
◇ ◇ ◇
「アルファはまとめ役で、リーダー気質だ。みんなの意見を代弁し、それを実行にまで持っていける。それこそ王様とかになるんだろうぜ」
見送った後、家主が独り言のように言った。
「ベータは裏方気質だ、官僚機構について特に興味を持っていたな。教育がろくに整ってねえ環境やるのは無茶だが、形くらいは整えるつもりらしい」
遠くには、村が見える。
いや、もう村というには大きすぎるから、街とか都市って言った方が良いのかも。
「デルタは、怖がりな癖に狂戦士気質だ。誰よりも勇敢に前線に突っ込む」
――割と心配。
「なんとかなんだろ、どっかの誰かが願いを叶えすぎたせいで、ちょっとやそっとじゃ死なねえ身体だ」
たしかに致命傷の一つや二つくらいな大丈夫だけど……
「イプシロンは、あんだけ騒がしい癖に隠密適正が抜群だ。情報をどっかから引っ張ってきたり、逆に情報を叩きつけたりするんだろうな」
家には読めない新聞は、うず高く今でも保存されていた。
「そしてガンマは、実は一番重要だ」
――重要?
「アイツがいなきゃチームは崩壊していた。八方美人で美容にしか興味がねえ奴だが、潤滑役を担ってた。たぶん、一般人として紛れながらそこかしこを飛び回り、いろいろとつなげる役目を続けるんだろうぜ」
――つなげる?
「どんだけの名君だろうが、なにが起きているかを知らなきゃ無意味だ。部下を信頼できねえなら、あるいは部下から信頼されねえなら組織は徐々に崩壊する。そして実のところ、信頼を損なっている、って情報ほど伝わりにくいものはねえ。それがちょっとしたことならともかく、継続する深刻なものならなおさらな」
――家にはよくわからないけど、なんか上手くいきそう?
「わかんね」
――おい、家主。
「わからんて。やれることはやったつもりだが、それでも上手く行くかの保障まではできねえ。まあ、それでも――」
遠くを、発展したその場所を見据えながら言う。
「アイツラなら、国の一つくらいは造れるだろ」
そこからしばらくして、ダンジョンは完全に停止した。
入り込んでいた野良のダンジョンボスを倒して息の根が止められた。
その内に、完全に塞がることになる。
広大だった広がりは、もう今は家の下の土塊でしかない。
隅々にまで行き渡っていた影響力は、今は完全に制御されて家屋になっている。
そうして、気づけば国が作られた。
ダンジョンに対抗するための場所じゃなくて、一個の独立した勢力が誕生した。
周囲の押しつぶそうとする勢力をすべて跳ね除けて、彼らはそれを達成した。
国の名前はない。
拠点となる場所の名前もない。
ただ、都、とだけ彼らは呼んだ。
故郷となる場所は、そう呼ばれるべきだ。
そう言ったらしいけど、詳しい理由までは誰も知らない。
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