第16話

フェルさんはマガジンを入れ替えながらも周囲の確認を怠らない。

攻撃の余波で土煙が舞い、視界が悪くなってた。


魔力量は余裕どころか何も変わっていないようにすら見える。

このまま余裕の勝利かと見えたけど――


『知っているだろうか』


声がした。どこからともなく。


『長く使い続けた枕は、常とは異なる力を持つようになるのだ』


キョロキョロと見渡すけど、その姿は見当たらない。


『そう、寝ても覚めても着続けているこのギリースーツともなれば、完全透過能力を得ることができるのだ!』


フェルさんが「ばかな」という顔で銃を構えた。

家主が「ねえよ」と冷たくツッコんだ。


『我がスーパー枕は、あらゆるものを透過する、そちらの攻撃の一切は無駄だと断言できる!』



「いや、違うからな、そんな面白現象はねえ」

――家が知らないだけで、そういうスーパーがあるのかと。

「ただのハッタリだ、この枕投げ大会を詳しくは知らねえ一日寮生に対するな」

――おお。

「実際のところは、ただの迷彩魔術だろうな」


けど、そのハッタリは効いていた。


この武器に対する戦略は変わらない。軽機関銃が魔力消費が激しい武器だってことはそのままだ。

だから、声で挑発し、無駄に攻撃を行わせ、反撃で削り、スタミナ切れを狙う。


『こちらからは攻撃できるが、そちらからの攻撃はまったくもって無効化だ!』

『くっ、卑怯です!』

『誰もが知っている、それは敗者の遠吠えだ!』


否定するように軽機関銃をばら撒くけれど、まったく当たる様子がない。

狙い済ませた攻撃の集積でない限り、地面下に潜んだ相手を貫けない。


他にも生存者がいるのか、あちらこちらから「枕」が飛ぶ。その度にわずかにではあるけど魔力量が減る。


たまにフェルさんが手にした本物枕で防ぐけれど、攻撃の量が多すぎた。


なんとかしようと反撃を撃つけど、敵を捉えることがない。


狩りの構図が逆転していた。

時間こそかかるけれど、フェルさんの攻撃が当たらず、逆が当たる。

これに変化がなければ、出される答えはひとつだけだ。


『知っているだろうか』


変わらず姿を見せず、声が宣言する。


『そちらは、既に詰んでいるのだ』



 ◇ ◇ ◇



アイドルの子と騎士の子との激突はすぐに離れた。


どうやったか分からないけど、二人の力は同じくらいで、強引な突破はできない。ただ単純に戦うしかない。

けど、もともとの魔力量が少ない騎士の子では、それは難しかった。


『く、これは――』


振る剣にも、焦りが出る。

ちゃんと組み立てた剣戟じゃなく、力任せの、これで決めてやるって一撃が多くなる。

ブンブンと景気よく剣は素振りを繰り返す。


普通なら、その隙を突いての反撃で決着だけど、アイドルの子にもそこまでの技量はない。

手にしている枕はメリケンサックで、かなり接近する必要があった。

そうして殴りつけても、鎧の分厚さに阻まれる。


結果、膠着状態。

剣はすべて回避される。

メリケンサックはたまに当たるけど、まったく効果なし。


焦りを滲ませ、吠えるように騎士の子は言う。


『ボクは、ボクの大望を果たす……!』

『あっそ、よく知らないけど、あたしは止めなきゃいけないんだろうね。世のため人のため的に』

『ボクは、それを為すのに釘が要る』

『あたしだって負けられない、ここまで皆が協力してくれた、どうしたって最高の舞台を手に入れる』


その言葉を聞いて、攻撃の手が止まった。

鎧の奥から、まっすぐに問いかける。


『キミには、本当に釘が必要か?』

『……なにが言いたい?』


変わらず悪い顔色で、アイドルの子は睨みつける。


『あの子を、アイドルにしたいと聞いた』

『それがどうした』

『ここまでで、十分なはずだ。もうすでにカケラは手に入る程度には人数が減っていると思う。このうえ釘まで手にしてしまえば、不必要なほどの強化になる。キミの望みとして、本当にそれが欲しいのか?』



「舌戦だな」

――え。

「戦いですぐに決着はつかねえと見て、言葉で相手を攻め立ててるんだ。ここで戦う意味なんてねえだろ、ってな」

――おお……

「相手の心を、モチベーションを削りに来てる」


画面内では、ほとんど鬼みたいな顔で鎧の塊を睨みつけていた。


『それは恥じるようなことじゃない。敵に塩を送ると言うけど、敵に弓矢と兵糧も一緒に送ればただの馬鹿だ。キミは、ここまでで十分だ。その先まで手に入れるのは、ただキミ自身の首を絞めるだけだ』


一息置き。


『キミには、釘は必要ない。もう既に欲しいものは手に入れている』

『……あたしは、最高のアイドルと一緒の舞台に立つ』

『最高のだ、人知を越えたアイドルじゃないはずだ』

『半端はしない、途中で逃げるなんてしない』

『負けを確定させるためにキミは頑張るのか?』


その言葉は、急所を貫いた。

アイドルの子が、胸に手を当て悔しそうに呻いた。


『……たしかに、あたしは、釘まで得たら、きっと負ける』



  ◇ ◇ ◇ 



フェルさんの攻撃が散発的になってきた。実際はそんなこと無いのに、「攻撃しても無駄」と印象付けられた。


反撃よりも、軽機関銃の掃射よりも、不意に来る攻撃に対応する防御行動ばかりが多くなってた。


『フェルは、フェルは……』

『知っているだろうか。ここは望みを叶える家だ。しかし、それは簡単に、お手軽に、今日来たばかりの者が手にできるものではないのだ』

『ただフェルは、お腹いっぱい食べたいだけです!』

『ハハ、腹だと、食欲だと』


また「枕」が、投げナイフが火花を散らして直撃。わずかに魔力量を減らす。


『そのような程度の低い望みを認めるわけにはいかない!』



――いや、別に家、普通に叶えるよ。

「言ってやるな、これも心理攻撃だな。ここで一番怖いのは、実は逃走だ」

――え、どうして、って、あそっか。

「ここを離れて体勢を立て直されても、それを追う手段がねえんだ。本当に透過能力とやらがあれば話は別なんだろうが、実際はただ隠れてるだけだしな、ここに釘付けにする必要がある」

――でも、フェルさんは、その能力があるとまだ信じてる。

「だな、だから逃げるのが不利だと思っちまってる。そして、深く考えさせねえように、裏まで考えて動かねえように、あっちは言葉で翻弄を続けてる」

――そっかあ。

「攻めきるのにも長丁場になりそうだしな」

――たしかに、まだ時間かかりそう。

「アイツ、どんだけ魔力溜め込んでんだ」

――えへへ。

「いや、別にオマエのことは褒めてねえ」


フェルさんは、誰もいない中庭に撃ち込みつつ叫ぶ。


『フェルは、なにも悪いことしてない……!』

『他者の望みを削り、自らの望みを果たそうというのに悪ではないと? それは自覚のない最悪だ!』

『う……』

『パイの数は決まっている、ましてそちらはただ一つの最高を手にしようというのに、その上でまだ良い者であろうとするのか』


唇を噛んで、キョロキョロと見渡す。

変わらず、どこにも敵の姿はない。


『……わかりました』


待ち受けるように攻撃が止む中で、フェルさんの声だけが返った。


『フェルは、諦めます……』

『おお、では』




アイドルの子が吠える。

「だが、それが、どうした……っ!」


フェルさんが呟く。

「無傷で勝つことを、諦めます……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る