第15話

午後になって枕投げ大会が再開された。

鐘の音が高く響き渡り、緊張の糸がぴんと張り詰め、家は解説席につっぷした。


――家主。

「なんだ」

――どうして、誰が優勝しても家の破滅に繋がっているんでしょうか。

「知るか、少なくともフェルの件は自業自得だろうが」

――お腹すいてる寮生を放っておけと!?

「結果として、魔力のバケモンみたいになったけどな」

――おおう……


強力な優勝候補誕生。

魔力提供元、家だった。


そのフェルさんは、意外なことにその魔力を抑えて潜んでいた。

いきなり動き出すことがない、午前中のフラフラとした動きからすると正反対。確実な勝利を目指してる。


その本気度合いは、家の背中を冷たくさせた。

無意味に魔力を消費せず、ただ狩ろうとしている。


1番目立つ人が1番静かなスタートを切った。

だから今回は暫くの間は平穏に推移するかと思えば、積極的に動く人たちがいた。


――え。

「ほお」


午前中は一方的に狩られていた、森に潜んでいた人たちだった。

隠れることを止め、個別でいることも止め、集団で堂々と身を晒している。

それぞれが決意をもって立ち、武器(枕)を掲げる。


その前に正対しているのは。


『なるほどね』


アイドルの子だった。

一人でいるけれど、その周囲にはきっとポルターガイストもたくさんいる。


二つの集団が、中庭で向き合っていた。

多人数体多人数、個の戦力ではなく集団による戦力の衝突が始まろうとしていた。


『知っているだろうか』


集団の先頭、ギリースーツの子が静かに言う。


『賞品の数は、限られているのだ』

『それは……ああ、そっか、狡い考えだ』


いま残っている戦力は、フェルさん、騎士の子、アイドルの子の集団、潜んでいた集団。

前二つは個人だけど、後ろ二つは集団だ。


そして、賞品を獲得するのであれば、とにかく数を減らせばいい。

強い敵を倒す必要なんてどこにもない。最後まで生き残って手に入れる釘は、好きに奪い合えばいい――そんな戦略の意思表明だった。


『限られた数を得るのに、そちらの集団は邪魔でしかないのだ!』


手を上げ、あちらこちらから――前後左右、あるいは土の下にまで潜んでいた者から、一斉に「枕」が飛ぶ。

完全に不意をつかれた格好だった。


百の反撃が来るのであれば、工夫した百の攻撃で押し潰せばいい――

そんな叫びが聞こえてきそうなほど、一方的な集団攻撃だった。

それは「前方の敵集団」にばかり気を取られていた側の油断を完全に突いていた。


「ポルターガイストの弱点だな」

――どういうことです。

「一方的に見たり行ったりすることに慣れすぎだ。自分自身が見られたりちょっかいかけられることに慣れてねえ」


実際、家はあんまり把握できないけど、かなり混乱した様子があった。

他から干渉されることに慣れていない。


広間に出現し、徐々に増えてる雰囲気も、そういう感じがあった。


『ダメだ、いったん引こう!』


悔しそうにアイドルの子が叫び、中庭から抜け出す。

その言葉に勇気づけられるように移動するけれど。


『おっと、そうはいかないかな!』


その先には、騎士が待ち受けていた。

攻撃を一切通さない身体が、通せんぼうするようにいる。

偶然じゃなかった、あきらかに、出口の狭い場所を選んでいる。


『――手を組んだか!』

『キミたちは午前中、やりすぎた。対策するのは当然だろう?』


たった一人。でもそれが「攻撃で排除できない一人」なら話は変わる。

十分な足止め役になる。


『もっと対策しなきゃいけない相手が出たじゃないか?!』

『密談中にあんなのが出てくるとはボクらも思っていなかった!』

『頭が固すぎだ』

『どちらにせよ、キミたちが邪魔であることにはかわりはない!』


アイドルの子の、メリケンサックによる一撃は通らない。

表面だけで弾かれる。

反撃の剣は避けたけれど、その攻撃半径は決して侮れない。


前後に挟まれすり潰される、このままポルターガイスト集団は終わりかと思えたとき、ふらり、と現れた人がいた。


フェルさんだった。

静かに、注意深く移動をし、潜んでいた集団のさらに背後から接近する。

気づいた人が何人かいたみたいだけれど見過ごされた。


だって、手にしている枕は、そのまんま枕だ。

どれだけの魔力があっても、それで倒せるのは一回につき一人。必要な犠牲だと割り切り、とにかく前の人の数を減らそうとする。


完全なミスだった――


「ほお、なるほどな」


家主が感心する。

観客の一人が笑う、ニィ、と歓喜に満ちた凶悪さで。


「気づいて無いやつも多いが、このルール、他の奴に自分の枕を渡せるんだよな」


フェルさんが手にした軽機関銃が、凄まじい勢いで球を吐き出した。



 ◇ ◇ ◇



もともとそれは「威力は低いけれど数と速度で圧倒する」武器だった。

あくまでもガスで発射する玩具でしかなくて、消費だけが無駄に大きい「枕」だった。


けど、それが高位リッチ級すら超える魔力で後押しされると、何もかもが違った。

一発一発の球が音も越えて、着弾して爆発する。

回避も防御も反撃も押し潰す、とんでもない力に変換される。


『避け――』


周りに呼びかけの声を出す暇もなく。


『こんな――』


枕を掲げる動作も関係なしに。


『やば――』


数の多さだって問題にせず、反撃も丸ごと消した。


連続した大砲みたいな弾幕が中庭を舐め尽くし、家から見えてる人も見えてない人もぜんぶ転送させた。

その数が多すぎて、広間はリアルなストップモーションみたいだった。


棒立ちに驚く人の群、

 気づいて行動する人の群、

  無理だと踵を返す人の群、

   必死に逃げ出そうとする人の群。


それぞれの集団が、まとまった形で転送される。

圧倒的火力を前にした人々の、瞬間的な様子がよくわかる。


容赦のない破壊が、一瞬にして室内の人口を上げた。


フェルさんに軽機関銃を渡した人は、両手を上げて「ウォうおー!」って吠えている。周囲から「てめえのせいか」って厳しい視線が刺さってるけど気にしていない。


――お昼に提供したご飯がこういう形で消費されるの、なんだか悲しいんですが……

「知るか、家屋の防御力だけは上げとけよ」

――了解ぃ……


返答しながらもただ切ない。

ああ、丸鳥が、オーブン焼きが、付け合せのサラダが、弾丸となって飛んでいく――


破壊は、マガジン内の球を打ち尽くすまで終わらなかった。



  ◇ ◇ ◇ 



その様子は他からも確認できた。

騎士の子が焦り、手を横に振った。


『どけ、ボクの用事はあちらに変わった!』

『あたしたちに攻撃しかけておいて、状況が変わったから見逃せ? 冗談きつい』


アイドルの子は変わらず体調悪そうに、冷や汗を流しながらも返答する。


『ボクの出番だ、この鎧が役立つ場面だ』

『たしかにそれなら、あの攻撃にも耐えられるかもね。だけど、あたしがそれを許す理由なんて何もない』

『騎士として、ボクは仲間と認めた相手を見捨てるつもりはない!』

『ご立派、なら、あたしもアイドルとして、ついてきた人に攻撃しかけたような奴の要求を、黙って認めるわけにはいかない』


脱出しようとして塞がれていたのが、逆転した格好だった。

今はアイドルの子が騎士の子を塞いでいる。


睨み合いは一瞬。

騎士の子が突進を仕掛ける。

槍とかを使った上だけど、六人がかりを弾き返したチャージだった。プレートメイルの重量もあって凄まじい迫力。まるで暴れ牛のような勢いを――


アイドルの子は、真正面から受け止めた。


『な、なあ……!?』


複数人でじゃなかった。

その驚きようは、明らかに一対一でその突進にぶつかり合い、止めていた。


『アイドルなめんな――』


口から焔のような息を出しながら、そう言った。




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