第14話
みんな、褒めて欲しい。
家はかなり頑張った。
たぶんフェルさん以外の寮生たち全員のお腹をいっぱいにするくらいの量だった。
味だって大量に一気に作ったから複雑にはできなかったけど、決して悪くない。
むしろ食材からエキスが溶け合って、味そのものは普通よりも上で、ちゃんと手を抜かずに作りきった。
ぱーふぇくと、そう言える出来だった。
だから、そう、なんと――
フェルさん相手に、五分ももたせることができたのだ。
……今はもう机の上には空っぽの巨大皿や鍋の残骸が打ち捨てられて、フェルさんは口元をナプキンで拭いている。
地獄みたいな静寂が、食堂内をしんと満たした。
フェルさんが、少し上を向いて考え込む様子なのは、たぶん次の注文をどうしようか迷っている……
……いやいやいやなんで!?
物理的にありえないよね!
体積的になんかヘンなことが起きてるよね!
鳥の丸ごと一匹って数人がかりで食べるもので、ひょいぱく、の一動作で終えていいものじゃないよね!
というか全部を普通に食べるだけでも数時間は絶対かかるはずなのに、どうしてもう全部なくなってるの?!
「魔力変換能力だな」
――あ、家主。
「食べる端から、全部が腹じゃなく魔力保持に変換されてる」
――え。
言われて視界を変えてみる。
キリリと真面目な顔で、それぞれの手にフォークとナイフを握り締めて待ち受けるその姿には、通常ではありえない量の魔力がわだかまっていた。
赤色に揺れて、収縮と膨張を繰り返す。まるで、胃袋が蠕動してるみたいに。
その動作の度に、保有魔力が密度を上げた。より硬く、より力強く。
たぶんもう、高位リッチくらいの魔力密度があった。
室内が静かなのは、その食べっぷりだけじゃなく、この迫力に対してもだった。
だって午後には、「この魔力」と戦うことになる。
「あ、すごく美味しかったです。次の料理、待っています!」
フェルさんが、青い顔した家を見て、ぶんぶん手を振って言った。
引きつり気味の顔で手を振り返すので精一杯だった。
横の家主も難しい顔をしている。
「おそらくだが、普段はここまでじゃねえだろ。システムと能力が噛み合いすぎたんじゃねえかな」
――ど、どういうことです……?
「この大会、昼にここで魔力を補充する関係上、参加者には魔力補充のバフがかかってる。これと魔力変換能力の相乗効果の結果が、この大食いのバケモンだ」
――魔力変換、そっか、口だけじゃなく全身から吸収したからあのスピードで……
「いや、見てたが普通に口から食ってた」
――流石におかしくないですか!!
結局謎が残ったままだ。
いや、でも、突破口は見つけた。
普通の大食いじゃなくて、食べるもの全部を魔力にして取り込んでいるから限界がない。
逆を言えば、魔力を満たしてあげれば、それで「お腹いっぱい」に繋げることができる……!
家は上を見上げる。
横ではフェルさん切ない顔をして、握ったナイフフォークを静かに上下させている。
遥か上、家の仮想体が普段の寝床にしている屋根裏部屋、そこにちょこんと育てている植物たち、その内の一つに野菜の青菜がある。
――生活魔法多重展開、最速最高の「魔法の一品」を作成する。
宣言し、青菜をすぽんと引き抜き収獲する。
家が丹精込めて育てたこれには、通常では不可能な量の魔力が残留してる。
家主から「普通のヤツが食ったらいろいろやばいから止めろ」と言われているけど、今はこれが必要だ。
空中回廊に乗せつつ、フリフリさせて土を落とす。
途中で二階洗い場を経由して水にくぐらせ、ピカピカにする。
野菜が意思持つ矢のように複雑な曲線を描いて飛び、食堂に接近する。
家に注目が集まる。
家は上方に、水を球状に浮かべていた。
まるで水族館みたいな光景だけど、これは調理用。
徐々に水温を上げていく。一度単位で最適の茹で加減を模索。同時に敷地内で収穫した岩塩を粉々にして入れ、魔力の浸透をしやすくする。
――むん!
両手のひらから、家全体から、あるいは空気そのものから、
可能な限り魔力を溶け込ませ、ほとんど魔法回復薬じみた濃度を作り出す。
そこに、次々と青菜が突入する。
菜っ葉部分は分離して、球の周囲を巡り最適なタイミングで入り込む。
お湯の中で青菜が揺らぎ、より色味を濃くさせた。
球の中を泳ぐことで魔力同士が結実し、青菜をほのかに光らせる。
家が丹精込めて作った野菜を、収穫直後に、魔力を込めたお湯で調理する。
料理として言えばただの塩茹で。頑張れば誰でも作れそうだけど、ここまでの精度は家にしかできない、そういう一品だった。
食材、調理、味付け、すべてに家の魔力が浸透してる。
魔力補給として、これ以上の料理は存在しない……!
水球の下から青菜が飛び出し、皿の上へと滑り込む。
見た目としてはごく普通、けれど、魔力視点で見ればとんでもない。
食べられる大規模城壁破壊魔法、そう呼んでいい姿だった。
――どうぞ。
家自身の手で運び、フェルさんの前に置いた。
「……」
フェルさんは、いままでと違って黙って見つめ、ゆっくりと、確かめるようにフォークで突き刺す。瞬間、その指が震えた。香りと力が立ち昇り、鼻孔を刺激した。
その一動作だけで、部屋の空気に野原のような清々しさが満ちた。
慎重に運ぶ様子はドキドキとした緊張を伝え、動きは空中に魔力の痕跡を描いた。
恐ろしいくらい静かに、口へと入れる。
しゃくり、という歯ごたえの音がして――
眼の前が爆発した。
赤色の魔力が弾けたように、歓喜に震えて増大し、衝撃波となって辺り一帯を吹き飛ばした。
家はとっさに他のみんなも含めて防護したけど、家自身は抑えきれずに吹き飛ばされる。
ゴツンと頭を打ち付けて、接続が途絶、というか気絶する。
きゅぅ、と家が唸る向こう、窓外あたりに幽霊が見えたくらいだから相当だ。
轟々と火炎柱のように荒れ狂う魔力の向こうにいるそれは、やけに背が高くて細い幽霊だった――
◇ ◇ ◇
家が気絶から目覚めたときには、なんか色々と変わってた。
吹き飛ばされた机や椅子を片付けながら、家主がフェルさんに伝えていた。
「やりすぎだ」
「すいません、つい美味しくて……」
フェルさんは、まだ手に皿を抱えていた。
食べ終わったそれを恋人の形見のように見つめる。
「いや、せめてこっち向けや」
「ご、ごめんなさい、少しだけでも残っていないかと確認をしてしまうんです!」
「どんだけだ、まあ、満足なら良かったけどよ」
「はい! 夕食も楽しみです!」
家はまた気絶したくなった。
「小腹は満たせましたし、午後から動くのに支障はありません。今度こそフェルはお腹いっぱい食べます!」
こばら、小腹って言ったの、この人?
それってどこかの方言で「もう一週間は食べなくても大丈夫だぜガハハ」みたいな意味だよね、そうだよね?
家はすがりつくように家主を見た。
もう、在庫ほとんどないんです。
普通に夕食提供なら問題ないけれど、それ以上のとなると――
ひょっとして、家の家庭菜園を全消費しなきゃとか、そういう話……?
「それだがな」
こめかみをほぐしながら家主は言う。
「オマエが口にしたそれは、賞品に近いレベルのもんだ。それを、オマエは一方的に得た」
「そ、そうなんですか……?」
「別にそのこと自体を責める気はねえ、だけどな、さすがにオマエが優勝でもしないかぎり、夕食の無制限提供はナシだ。勝ったときと同じもんを二回も手に入れるのはやり過ぎだ。一般的な量で満足しとけ」
フェルさんは初めて顔を上げた。
目をまんまるにして青ざめた顔は、まるで家主が「これからオマエを考えうる限りもっとも残虐な方法でなぶり殺す」と宣言したかのようだった。
手にした皿がわなわなと震える。
「理解したか?」
「わ、わかりました」
絞り出すような声だった。
抑えた魔力が揺れながら、挑むように目を鋭くさせ。
「勝って、フェルはお腹いっぱいになります!」
家にとって絶対に勝って欲しくない優勝候補が、また増えた。
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