第13話

今回はテンポが速いけど、普通はもっと隠れている人が多く残って決着はまるでつかない。このままでは見ている方も退屈で、事態は動かないしお腹も減る。

なにより、減った魔力を補充する必要があった。そのためにこの昼休憩は必要だ。

一旦は枕投げ状態は解除され、あちこちからゾロゾロと寮生が家へと戻る。


――よし。

「座ってろ」

――なぜに!?

「いま何しようとしてた」

――もちろん、料理を作ろうと。

「いらん」

――でも、家の仕事が……

「ただでさえ混雑するんだ、オマエが直々に作るとなるとそこに殺到する。無用な混乱を起こすな、座っとけ」


恐慌因子扱いされてしまった。


家は仕方無しに食堂の広い机の前にちょこんと座った。場所的にはお誕生日席だけど嬉しくない。

横に家主がつまんなさそうな顔して座っているのはちょっと嬉しい。


次々に寮生が入ってくるけど、家がそれを料理で出迎えられないのは悲しい。

普段は生活リズムが違うから、ここまで一同に介することがない、ずらっと満員に近い様子は壮観だった。ちょっといい気分。


当たり前だけど、誰もメニューを開かないし、聞きに来ることもない。その必要がない。

ここでの注文の仕方は、それぞれの頭の中にメニューが展開されて、それを選ぶ方式だった。

『願い』を叶えるときのシステムの応用で、割と便利と好評だ。


ただ、初見のフェルさんは混乱して、目をパチパチさせていた。食堂に入ったとたん脳内にメニューがドンだ。なにか起きたか分からない。

まあ、主に春先によく見かける光景だった。


そう、これは、家の出番ですな?


「いらん、座っとけ」

――うおう。


強制着席させられた。

見れば、最初に機関銃乱射してた人が、親切にやり方を教えてた。

毎年ここで混乱する人が多いから、教える方も慣れていた。

ついでに銃の素晴らしさについても布教しようとしてるのは、きっと個人的な趣味だ。


よくよく観察してみれば、そこかしこで集団ができている。

そう、この昼休憩は、ただ飯を食って午前中に消費した魔力を回復しようぜのターンだけじゃなかった。

交渉のため、あるいは準備のための時間だ。

アイドルの子がやっていたみたいな集団構築は、普通はこの時間に行われる。


ここまで生き残ってはじめて、組むに足る相手だと見なされる。

事前に組んだら相手が魔法火薬を持ち出していきなり着火、共犯扱いされたなんて話もある。


そのアイドルの子は、左壁際にある別の大机で突っ伏していた。多人数が座れる机なのに一人しかいない。だけど、なんかこう、その一帯に妙な熱気があった。見えないだけで強い念がわだかまる。不用意に近づいたらやばいとわかる。

家に向けて多くの視線を注いでるような雰囲気もあるし。


「――」


アイドルの子が、無言のまま顔を上げて家を見た。

手を振ってみるけど、しばらくじっと家を見つめ、何回か口を開いて喋ろうとパクパクした後、バッタリとまた顔を机に顔を預けた。かなり調子が悪そうだった。


ちゃんとご飯が食べられるかどうか心配だ。

見えない誰かが、その背中をさすってるような気配があった。


フェルさんは無事に注文できたのか、鶏肉のソテーをぱくついてる。

隣の機関銃の子が、妙にひきつった顔をしているのが印象的だ。


色んな人が喋ったり食べたりしてる。

その数と勢いを証明するように、家の頭の中では、注文、料理、提供の情報が流れてる。割りと壮観だ。


騎士の人は兜を脱いで、美味い美味いと笑顔で食べていた。案外、マナーがしっかりしてる。骨付きチキンを手づかみじゃなくてナイフとフォークで食べる騎士って初めて見たかも。周囲の恐怖と憤怒をブレンドした視線を気にした様子もなく、落ち着いた様子で口へと運んでいた。


ギリースーツとかを着ていた人たちは、簡単につまめるものだけ頼んですぐに戻ろうとしてた。

勝手に元の場所に転送してくれるシステムじゃない。

時間ギリギリの移動は隠れ場所を教えているようなものだから、いち早い休憩終わりが必要だった。

そのはずなんだけど、なぜか何人か集まってる様子がある。真剣な顔で顔を突き合わせている。四角い簡易食料を口にしながら小声で交わす様子は、秘密の取引をしているみたいだった。


そう、多くの寮生が午後に向けて作戦を練っていた。

午前中での出来事を元に、どうすればいいのかを模索する。どうすれば事態を打開できるのか。


広い食堂では、料理だけじゃなくて情報も満載だ。

今もすごい勢いで流れる注文と料理作成に負けず劣らず、大量の会話がされて――


――んん?


いや、さすがにもうそろそろ注文は一段落する頃なのでは。

最初こそ大変だけど、追加する人とかそんなにいないし。


不思議に思って周囲を見渡すと、小山ができていた。

積み上がった、空皿の山だった。


その向こうでは「んー♪」と嬉しそうなフェルさんの声が聞こえ、また一つ皿が積み重なった。

注文が、メニューの上から下まで全部くらいの勢いでされた。

物理的なタッチ注文じゃ無理なテンポは、「もっと速くもっと足りない!」と急かしているみたいだった。


自動調理システムから、当たり前みたいにエマージェンシーコールが鳴り響いた。



 ◇ ◇ ◇



家はすっくと立ち上がる。

調理速度が追いついていない、処理機能限界が近い。他の寮生への料理も滞り気味だ。

ここは、家がやるしかない。


「行くのか」


家主の問いかけに、家は背中で肯定する。


「見た感じ、無理な戦いだぞ」

――それでも、行かないと。


鼻歌を歌って次の料理を待ち構えているフェルさんがいる。

枕を抱きしめ身体を揺らす様子は、まるでこれから来るプレゼントを楽しみにしている子供だった。


子供と違うのは、周囲にそびえている皿の山。

自動配膳が片付けしている様子を見ると、実際はもっと積み重なってた。

けっこうな速度で皿を減らしてなお、あれだけの量がある……


「……マジで無謀じゃねえかなあ」


それを認めて家主が言う。

家は、引き止めてくれるなと言い残して向かう、調理場という名の戦場へ。

流れる汗は冷や汗とかじゃない。

手足とかも震えてるのはきっと武者震い。



  ◇ ◇ ◇



いくつもコンロや流しが整然と並ぶ一角に、ちょっと変わったというかおかしなキッチンがある。

古ぼけていて使い込まれた、家がずっと使用している台所だ。最近、少し掃除がされたけど、それでも年季は十分感じさせる。


ようし、とエプロンをつけながら気合を入れる。

見なくても何がどこにあるかわかる。


まずは、小手調べだ。


短冊切りにした人参や玉ねぎを多めの油で炒め、削ったパンを振りかける。

普通の野菜炒めに、トンカツとかの香ばしさをプラスした格好だ。


揚げ焼きにしてしばらくすると、しっとりとした野菜たちと、油を吸って黄金に輝くパン粉が現れる。


最後に塩コショウにパセリやディル、パプリカなどの香草をふりかける。

これで、見た目だけはヘルシーなのに油も炭水化物もガッツリで、ダイエットの天敵みたいな野菜炒めの完成だ。


時間のかかる丸焼き系の料理の準備をしながら、皿を放る。

それは、すぅ、っと何もない場所を滑って移動する。

生活用魔法備蓄を使用した、空中回廊(ルフトコリドア)での配膳だった。


皿はそのまま天井近くまで上り、緩やかにフェルさんのところに到着する。

とん、と机についた音をさせ、そのまま、すぅ、っと通り過ぎて戻ってきた。


――あれ……?


珍しくシステムの故障かなと確認するけど、空飛ぶ皿の中身がない。空っぽだった。

戦慄しながら確認するけど、そこには「食べ終わった後の痕跡」しか残されていない。


――まさか、食べきった? あの一瞬で?


正確には、飛んで来る最中からつまみ食いみたいにひょいぱく食べて、机に到着したときには食べ終わっていたんだと思う。

けど、皿にはパン粉のかけらはもちろん、油の痕跡すらも残っていない。


今フェルさんは手持ち無沙汰に果物をつまんでいる。


――くっ。


敵は想定以上。それだけを頭に叩き込んで次撃を行う。


大きめのボア肉の表面だけを強火で焼いて焦げ目をつけ、オーブンに入れた。

大量に作れて柔らかく仕上げるコツだ。火は柔らかく入れ、肉特有の香ばしさはもうフライパンでつけてある。


付け合せのサラダは、すりおろした玉ねぎをベースにしたもので、本来なら「合間にちょっと食べて口をリセットしてね」というものだけど、今は一瞬でなくなる予感しかしない。


スープは野菜の端材に骨を入れて長時間煮込んだもの、塩だけのシンプルな味付けでも十分すぎるほど美味い。

たまに入ってる肉のかけらがお得。


味に変化をつけたいから、四角く切った芋とソーセージを焼き付け、上からカレー風味のソースをかける。

熱した鉄皿の上でソーセージやカレーソースがじゅわじゅわ弾け、ピリ辛の香ばしさを演出する。


もちろん、どれもこれも大量に用意した。


焼いた肉数十枚と、サラダボウル三個、スープは寸胴ごとで手元で取り分ける形式、ソーセージとカレーソースは鉄皿が五個くらい、あとは大量のライ麦パンが宙を進む様子は、まるで工業的出荷風景か優秀な部隊の行進みたいで――


瞬殺だった。


どれもこれも「おいしいです!」の声と共に消失した。

皿がタッチダウンして戻る速度に大差がなかった。


全滅、全滅である。為す術なく一矢報いることもない大敗である。

頭の中の号外がそう報じる。


こ、このままじゃ終われない……!


催促するみたいに矢継ぎ早の注文が来ている。

もう味とか言ってられない、量で勝負だ。


大きくざく切りのキャベツ、芋やら人参やら豆やらトマトやら、手近にあるものを全て水を張った鍋に入れ、蓋をして煮込む。


途中で気づいて塩漬け肉も追加。いわゆる投げ入れ鍋料理。手間暇も工夫もなにもない、本来ならもっと時間をかけて煮込むけど、圧力をかけて時短する。

これでも味は悪くはない、と思う。


ただ、大人数用の大鍋いっぱいのこれを、本当に提供していいのかどうかって疑問はある。

だってこの鍋、家が立って入れる大きさだ。


それと、最初の方に用意していた、鳥の丸鶏たちも出来上がろうとしていた。

ちょうど観覧車みたいな形で焼いていた。

観覧車の真ん中が熱源で、その周囲を回転しながら丸鶏が回る。じゅうじゅうと油が表面をすべり落ち、下の大きな平皿が受け止める。

そこで芋や玉ねぎも揚げられている。

焼きむらなく大量の鳥丸焼きとフライド料理を作れるシステムだった。


そうやって出来上がった鳥達を、ピラミッドか組体操みたいに積み上げる。


数種類のソースを作りながら、パスタも茹でる。

炭水化物がないと、ちょっと寂しい。

当たり前のニンニク唐辛子だけじゃなくて、もらったワサビも使う。

このワサビって調味料、単体だと辛すぎだけど、オイルに混ぜて使うと辛味抑えめ香りそのままでけっこう美味しい。

少し変わったジェノベーゼみたいになる。


ついでに鳥焼きの熱源を使ってパンも炙っておく。

さっきから仮想体に無理させすぎて、全身から汗が流れるけど気にしない。


そうして、ピラミッド状に積み上げられた鳥の丸焼たちと、阿呆みたいに巨大な鍋、山盛りパスタとパンを積んだ皿が――家渾身の料理が完成する。


熱々のそれらを、家は両手につけたミトンで押し出した。


どの皿も、出入口の幅いっぱいの大きさ、高さも相応に巨大。

それが宙を飛行する様は、まるで巨大飛行戦艦か衛星の移動のよう。

ゴウンゴウンと空中回廊が限界に近い悲鳴を上げる。

料理から立ち昇り続ける湯気は積乱雲を作りかねないほどで、お前の腹をはち切れさてやると吠え上げる。


実際、食堂に登場した途端にどよめきが走った。

規格外の巨大さは、遠近感をおかしくさせる。


――これでも、喰らえ!


いま家ができる最大火力、それを向けた先では、子供みたいな笑顔でパチパチと胸元で拍手している一日寮生がいた。

楽しみに待ち受けていた、この量を前にして。


――本当に、足りるのかな?


冷や汗が額から流れて落ちた。

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