第12話
アイドルが声をかけ、見えない集団が熱狂する。
時間がたつほどに、その結束と熱は高くなってるように感じた。際限なくボルテージが上がってく。
――なんか、前に家に来てた新興宗教みたいな雰囲気が。
「まあ、似たようなもんだな」
――あの人達って、話が通じなくて怖いんだけど。
「今回は問題ねえな」
相変わらず物憂げに、なんでもないことみたいに断言する。
家としては黙って横を見上げるしかない。
寮内に無視できない集団ができているのに、なぜ無視を?
家主は片眉を上げ、家を指さした。
「だって、オマエが本尊だ」
謎なことを言われた。
アイドルとポルターガイストの、その新興宗教っぽい集団は、森へと突き進んだ。
そこで行われたのは一方的な狩りだった。
隠れてる人たちが有利なのは、確実な先手を取れることだ。
けど、その先手を取ったところで、後手が百の反撃を繰り出したら必敗になる。
下手に攻撃ができない、攻撃したら負けるとわかってる。隠れ潜むことしかできない。
数の多さが有利不利をひっくり返した。
「森にいる連中、ゲームがかくれんぼから鬼ごっこに変わったな」
――枕投げのはずでは。
「他の競技にしたがる連中が多すぎんだよ」
本来なら終盤まで安全に過ごせるはずの選択を、アイドルの子は物量で押しつぶした。
森の端から虱潰しに探索をする。隠れる場所なんて無いように徹底的に。
じわじわと草木が倒れて行く様子は焼き畑農業っぽい。
確実な捜索が届くより先に、いちはやく逃げ出そうとする人もいたけど、そこへ待ってましたとばかりに矢が飛んだ。
魔力を伴った矢と木の幹で相手を挟み込み、エグい音を森に響かせる。きれいなヘッドショットだった。
遅くて広い探索と、速くて長い一撃が不定期に繰り返された。
その度に広間に人が現れる。「なにこの理不尽」と顔に書いてある人たちの数が増える。
――なんか、やけに組織的な動きじゃないですか?
「連中、割とよく集まってるからな、自然と役割分担みたいなのができてんだろ」
寮生?の仲がいいのはいいことだと思う。
けど、さすがに一方的虐殺風景からは目をそらしたくなって別の映像見る。
渡り廊下に、騎士の人がいた。
六人がかりでボコボコにされていた。
こっちはこっちで一方的だった。
槍とかハルバードとかの長物で、攻撃が繰り出されている。
騎士の人が手にしているのは長剣で、場所は細長い廊下。
反撃は届かないし、横に回り込むこともできない、ただ一方的な攻撃を浴びている。
そう、浴びている。
倒れていない、それどころか、まったく効いた様子がなかった。
「ははあ、面白いこと考えんな。魔力の少なさを逆用してやがる」
――どゆことです?
「ここのルールでは、「枕」が当たったら魔力が減らされ、ゼロになれば負けだ」
――そうですね。
「じゃあ当たるってどういうことだ?」
――むむ。
「この場合、魔力圏に触れたらってことになる」
――お、おお?
分かるような分からないような。
「普通は考えるようなことじゃねえ、よっぽどの魔力持ちじゃないかぎり大差はねえ。だが、通常よりも低ければ、それこそ分厚いヨロイを纏えばすっぽり覆えるくらいなら、話は変わる」
騎士の人は、顔まで覆う全身鎧を身に着けていた。分厚いプレートメイルは本来は矢とかを無効化するためのものだけど、今回その分厚さは完全な防護と化していた。
「今、アイツは魔力をカケラも外に出してねえ、「枕」を鉄板に投げたところで効果がねえ。攻撃手段が枕しかないこのルールにおいて、無敵戦略の一つじゃねえか、アレ」
騎士の人は進む。攻撃なんて意にも介さず。
集団で囲んでボコボコにする――本来なら絶対に勝てる攻撃が、絶対の防御に無効化されて、逆に追い詰められていた。
集団のリーダーらしき人が声を張り上げる――兜を狙え、顔を出させろと。
『キミ、それは油断だよ!』
機を逃さず、騎士はチャージをしかけた。
攻撃の本数が一本減り、指示を効くために注意が逸れた瞬間を狙っての突進だった。
突いていた長物が反旗を翻し、倍の力で押し返される。不意の反撃に六人全員の体勢が崩れた。
そうして、剣の攻撃範囲にようやく入った。
『ふんっ!』
その一撃で六人全員を吹き飛ばし、転倒させた。
魔力が少ないのは本当なのか、それで消える人は誰もいない。けど、
それでもう詰みだった。
騎士は倒れていたリーダー格を踏みつけにし、体重を預けて剣を押し込んだ。
魔力同士が反発し、火花を散らす。切っ先は徐々に近づく。青い顔をして暴れ、長物を振り回すけど、それは効果を発揮しない。
倒れた姿勢では、分厚く重いプレートメイルから逃れる術がない。
涙を浮かべて刃を握る動きはただ魔力を浪費する
起き上がった仲間が助けるために攻撃を仕掛けるけど、同じく何の意味もなかった。
蹴りつける人もいたけど届きすらしない、ここでは枕でしか攻撃できない。
どんな行動も、火花散らす切っ先の進行を止められなかった。
やがて、剣がその身体に触れ、そのままガスンと床まで貫いた。「あ……」と一言残して消失、失格になる。
広間に仰向けで転送された人が、胸を抑えて瞳孔を開いてか細い悲鳴を上げた。
肉体的には問題ないはずだけど、心にダメージが行っていた。
――家主。
「なんだ」
――これって本当に枕投げ?
「ちょっと自信ねえな」
横では救護班が暴れる人の口元に布を押し当てた。
添付された魔法薬が効果を発揮し、すぐに眠りに落ちたけど、たまに痙攣する。
「どうなるんだ、今回」
ぼやく家主の視線の先では、残る五人が一人ずつ虐殺されていた。
◇ ◇ ◇
騎士の人は虐殺後、当たり前みたいな顔で寮内をうろついた。
ガッシャンガッシャンと探して回る。
表情が見えないバケツ型ヘルメットも相まって、ホラー映画の怪物役のみたいに見えた。
屋外では集団で狩りをしてるけど、屋内では無敵の人が徘徊だった。
反撃して倒せるのは集団の方で、攻撃力が高いのもポルターガイスト集団。だから、寮の中にいたほうがまだ生存率は高そうだけど、場合によっては違った。
『少年の、匂い……!』
なんかへんなことを言いながら的確に追い詰める。どこに逃げても鼻を蠢かせて、鎧の重さを感じさせない動作で接近する。本人は「こわくないよ! ボクはだいじょうぶだよぉ!」とか叫んでるけど、どう考えてもアウトだった。
条件付きだけど、絶体絶命の環境だ。
さっきの長物の六人組、備え付けのベッドで震えて寝てないで今すぐ帰ってきて欲しい。家が気づかなかっただけで君たち最終防衛ヒーローだった。
結局、屋内と屋外どちらの暴れっぷりも止める人たちはいなかった。
広間では、順調に人が増え続けた。
失格からの出現の仕方もいろいろだった。
誰かを助けようとした格好で出現する人とか、なんかすごい悲しい顔で現れる子供もいた。
最後の子供は、首を掻っ切り終わったその動作からして、たぶん自ら失格を選んだ。
ここでは「枕」でしか攻撃できない。
自分の枕で自身にだって攻撃できる。
寂しかった観客席がだんだん埋まった。
トラウマになった人たちが寝るベッドもだんだん埋まった。
この大会もう中止にしたほうがいいんじゃないかな。
本当ならもうちょっと和気あいあいとしていると思うんだけど、画面を見つめてる人たちはまるで争映画やホラー映画を観てるみたいで、枕投げ観賞の雰囲気じゃなかった。
映画と違ってるのは、観客がさっきまでそこで登場してたこと。リアルさが段違い、文字通り他人事じゃない。
絶叫と悲鳴が木霊する中で、家主がペラペラと書類をめくった。
難しい顔をして、じーっとしばらく睨みつけていたけど、
「ん」
家にその書類を差し出した。
騎士の人のそれだった、割と真面目につらつら書いてある中で、参加理由だけが問題だった。
参加理由:昔からの望みを叶えるため。
「……」
――……
家と家主は黙って見つめ合った。
視線をズラすと、画面内で半ズボンを片手に荒い呼吸で追い詰めてる騎士がいた。
昔から、理想の少年を探してるとか、そんなことを言ってたような気がする。少年だけしかいない寮って最高じゃないかとも。
「……アレ、どうにか失格にできねえか?」
――無茶いわんでください。
「持ってきた私が言うのもなんだが、アレに賞品渡したくねえな」
家も割と同感だった。
家の汚れ物とか渡したくない。なんか嗅がれそうな予感すらする。
「というかだ、家、オマエって自分の性別なんだと思ってたんだ?」
――仮想体は女性形ですが、そんなのどっちでもいいのでは。
「なら、注意したほうがいいな、アレが勝ったらオマエのこと少年化する可能性があるぞ」
――え。
「身も心も少年で固定化される。普通ならそんなことはできねえが、あの釘のバフがあれば、まあ、できるな」
――家主! どうにかアレを失格にできませんか?!
「無茶いうな、運営がズルしてどうする」
性別なんてどっちでもいいのは本音だ。けど、それを変態に決定されるのは嫌だった。
そもそも姿かたちを変えられるのであれば、内面も好きに変えられるかもしれない
鎧姿に抱きつく、ちょっと色々と姿の変わった家の様子を幻視した。「少年としてボクの恋人になれ!」とか、そんな風に願われる恐怖だった。
というか家、状況が詰んでない?
――枕投げ大会優勝候補のうち片方が家のことを本尊にして、もう片方が少年にしようとしてるんですけど、これどうなってるんですか……
「強く生きろ」
――他人事にする気まんまんじゃないですか?!
「悪いが、この件に関わり合いになりたくねえ」
――強制的に三角関係に巻き込まれてるんですけど、なんか家の意思が無視されてるんですけど! ここは家主としてガツンと!
「OK、ガツンと祝福してやる」
――この家主、愛が足りない……!
嘆きに呼応するみたいに鐘が鳴った。
終了の鐘じゃない、昼の休憩時間のためのものだ。
家としては仕事開始の合図だった。
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