第11話
勝負開始は鐘が鳴ってからと熱狂する参加者に告げて、家と家主は扉をくぐり広間に入った。
外と違ってとても静かだ。
システム起動にともなって、当然みたいに構築された解説席が中央部にあった。
家たち以外に、参加する意思がない人もいる。
今日はここだけが安全な場所だった。
逆をいうと他はけっこう危険だ。
壁には映像が出力され、外の騒がしい様子が映り込んだ。
映像は複数あって見るのが大変だ。みんな勝手な行動をしてる。
大半は広大な森へと駆け込んでるけど、寮を起点にしてそこかしこに潜んでる人もいた。
ある意味、勝負はもうはじまっていた。
誰もが勝つための動きをしてる。
だから、きょろきょろと不安気に左右を見渡し、おおきな枕を抱えている人はすごく目立った。
「誰だアレ、見たことない奴だが」
――ギルドの人の紹介で来た、一日限りの寮生。
「ああ、泊まり客の――」
――一日寮生っ! 家は宿じゃないし、お金とかもらわないっ!
「代わりに魔力は多めにもらうんだろうが」
――べ、別にそれは、たまたまですよ?
「金なくて魔力あってこんな遠くまで来れて、その上で信用できる奴って、まあ、めったにいねえのは確かなんだが、どうして参加してんだ?」
――どうしてだろ。
「あー、参加書類見ればいいか」
――なにそれ家、知らない。
家主はぺらぺらとめくる。割と紙の厚みがある。
こんなに参加してたんだ……
「名前はフェル・ツー・ランゲンブルグ、参加理由は飯がタダになるから……?」
――別に参加者に限らず寮生には、ちゃんとご飯を出すけど、なんか行き違いあった?
「あー、たしかにおかわり自由というか、魔力補給のためいくらでも食っていいみたいなボーナスはあるが、それを勘違いしたんじゃねえか、これ」
――凶器持ってる人たちの間で、枕だけ持って立ってるのってかなり酷い光景。
「枕投げとしちゃフェルって奴の方が正しいんだけどな」
明らかに場違いだった。
枕片手に悲しそうにお腹をさすってた。
「他にも色々いるというか……なんか姉妹喧嘩してるのがいるな、馬鹿姉なんで教えなかったー、新米に教えるわけないだろー、みたいなこと言ってるが、まあいっか」
どこだろ? 出力画像が数が多すぎるせいか、どれかわからなかった。
「そろそろスタートだな」
その言葉を合図にしたわけじゃないだろうけど、尖塔につけられた鐘が強く鳴った。
同時に、殺戮が開始された。
◇ ◇ ◇
「おお、やるねえ」
――うっわあ……
中庭中央で、両手で軽機関銃を乱射している人がいた。
イヤッハァあーーー! とか叫び、絶え間なく連射し、当たるを幸いになぎ倒してる。
発射してるのは、銃弾じゃなくて小さい球体だった。
それでも直撃した人たちは徐々に魔力を減じて、ついには、ポン、と音を立ててその場から消える。速攻での失格だった。現れる場所はこの広間だ。
次から次へと、成す術もないまま増えていく。
失格者は呆然としてたけど、気づいて猛然とこっちに抗議した。あんなの反則だと食って掛かる。
家主はつまらなさそうに手を横に振って否定した。
「気持ちはわかるが、別になにも違反してねえ。アイツはガスで球を押し出すもの――玩具としての銃を「枕」にした。あれがダメなら他もダメだ」
――でも普通に卑怯というか一方的なんでは?
「それも違うな、欠点もある」
見ろと指さした先の映像では、さっきまでの攻勢が嘘みたいに逃げ出す姿があった。両手に軽機関銃を抱えたまま、長い黒衣を揺らして額に汗をたらして全力疾走してた。
「一時に魔力を使いすぎたせいで、もうすっからかんだ。当たり前だが、攻撃にも魔力を使う。あれは瞬間火力はでかいが継戦能力がねえ、防御としての魔力もねえから、今なら一撃アウトだ」
――なら、どうして開幕あんなことを。
「やってみたかっただけだろ」
その走る顔には、確かな満足があった。
出オチ芸人みたいな満足感だった。
「あと、勘違いしてる奴が割といるが――」
その進行方向に、所在なさそうに佇む人影がいた。
フェルさんだ。
走るのを止め、ニィ、と凶悪に笑い、また再び満足を得ようと火器を構える。
「この大会で、別に枕は弱くねえぞ?」
目視困難で対処不能量の攻撃が、軽い音の連続とともに吐き出される。
それらは――ひとつも当たらなかった。
「ええ?」という呑気っぽい声とは裏腹に、フェルさんはその場で跳躍して体を縮め、枕を盾にした。
発砲者からすると、その体は大きな枕に覆われて見えない。射線が、通っていない。すべてが布製のそれへと吸い込まれる。
「攻撃能力こそ劣るが、防御に関しちゃアリだ」
跳躍による防御の時間は、そんなに長くはなかった。けど、その短い間にも枕に着弾する音が変わってた。硬質なカンカン音がポスポス音に変わり、やがては枕にも届かなくなる。
魔力が切れていた。
着地後そのままフェルさんは投球態勢に入る。
いくら効かないとはいえ、眼球付近に飛ばされる球まで無視して投げた枕は、攻撃魔法みたいに人の形を粉砕した。
ぽん、と軽い音を立てて、軽機関銃を持った人が広間に出現する。
さっきまで一方的に攻撃した人たちに囲まれる格好で。
右を見て、左を見て、ゆっくり両手を上げて降参のポーズを取ったけど、許されるかどうかは微妙だ。
「……まあ、今は枕でしか攻撃できねえしな、大丈夫だろ」
初戦から混沌だった。
◇ ◇ ◇
「銃の欠点は、当たり前っちゃ当たり前だが、枕じゃないことだ」
――家主、ボケた?
スパンと頭叩かれた。
「形状と機構の複雑さから枕から遠いって意味だボケ。球一発につき枕一個を投げるのと同じくらい魔力を消費するのは、この違いも理由の一つだ。やるなら連射じゃなくて単発で、もっと威力を上げたもんにすべきだったろうな」
どこかから呪詛みたいに「ロマンを、ロマンをわかってなぃぃ」って声がしていた。
「次があるとしたら、そういう銃撃戦になるのかもしれんが、今はまだ接近用の凶器が多いな」
――うう、痛い……
「あー、悪かった悪かった、また今度掃除でもしてやる」
――そ、それはまた今度にしません!?
「なんだ嫌か」
――連続は身が持たぬです……
家が撫でられてる姿を、微笑ましさ半分、怨嗟半分みたいな視線が包んだ。
怨嗟の出どころはよくわからなかった。ポルターガイストからかもしれない。
「それにしても、毎度のことだが隠れてやり過ごそうとする奴が割と多いな」
――そうなんですか?
「今回は多少はマシだが、賞品はそれなりに数がある。枕投げで勝つよりは最後まで生き残る、そういうかくれんぼ戦略を選ぶやつもそれなりにいる」
――あー、森の方に隠れた人とか。
「見つけてわざわざ倒しに行くのはコスパが悪いからな、案外、賢いやり方ではあるんだろうぜ、つまらんけどな」
たまに何人かで組んでるところもあるけど、基本的に誰もが一人で動いてる。
倒すにしても、近くの敵が優先で、遠くでひっそり隠れてる人を探しに行くのは後回し。
だって、下手に探そうとすれば不意打ちを食らう。敵は動かず自分は動くから、どうしたって音は出る。
中にはギリースーツ――葉っぱとかをミノムシみたいにつけた格好の人とかもいたし、森の中は隠れてる側が有利だった。
家がなるほどと頷いてると、アイドルの子が、なにかを喋っているのを見かけた。
それまでずっと説得していたらしい、慌てて音声を繋げる。
『――る、これがあたしの目標、是が非でもやりたいこと。都立劇場監督の協力は、もうすでに取り付けた』
家から見ると、なんか無人の野に向けて喋ってる感じだった。
たぶん、ポルターガイストの集団を相手に演説してる。
『あたしはあなた達のことを尊敬する。そのあり方を称賛する。だから、どうか考えて欲しい』
けど、その身振り手振りは、声の出し方は、ちゃんと皆の心を動かすもので。
『あの子ともう一度おしゃべりする、それが本当にあなた達のやりたいことなのかを。あなた達はかつて、自分自身のためじゃなくて、あの子のために、皆のために願いを使った。何度でも言う、あたしはその行動を評価する。それはすごいんだ。それは誰にでもできるようなことじゃないんだ。この寮では多く見えても、全体で見れば絶対に少数派だ』
頭を下げる、心から頼んでいるとわかる。
『だからどうかもう一度。あたしのためじゃない。あの子をより輝かせるために、その舞台を整えるために、協力して欲しい。あの賞品を、あの端材を、あの子のカケラを、願いを強化する物品をひとつでも多く手に入れるために』
「……いままでに無かったな」
家主が険しい顔でぽつりと言う。
「一時的な協力関係を結ぶ奴らは、たまにいた。けどこれは別モンだ」
画面の中では、アイドルの子が質問を受けて返答しているみたいな場面があった。まったく焦らず、ただ真剣に対応している様子がわかる。
ぜんぜん見えないけど、散らばっていた集団が、だんだんと近づきつつあるような雰囲気があった。
「チームですらない。一つの目的に向けて作られた集団だ、きっとこの大会が終わった後でも続く人の集まりだ――」
枕投げ大会中、そこだけ異様な雰囲気があった。
熱に浮かされたように画面を見つめる人たちの姿すらある。
「これはもう結社だ」
どこかで見たようなポーズを取り、それに呼応するような振動が空気を揺らし――
すべてを飲み込むポルターガイストの集団が誕生した。
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