三章 家と枕投げ

第10話

大掃除のキレイキレイはようやく終わった。

古くて傷んでいた部分を取り替える、板をメリメリっと引っ剥がしたり、ノコギリでギコギコと切ったりは、家としてはあんまり直視したくない光景だった。


家は普通より長持ちだけど永久ってわけじゃない。

特に台所は結構痛む。火とか水とか油とか融解溶剤とかを定期的に使うからダメージが出る。

食材じゃなくて床板が焼かれて炙られコンガリだった。


そういうのを引っ剥がして取り替えて、一箇所にまとめるのが、掃除の締めくくり。

中庭に、黒く変色した床板とか天井裏の一部が積み重なり、ヘンテコな小山を作った。


たぶんこれ、人間でいうところの「ぼろっと取れた垢」とかだと思う。

不必要になって剥がれた元の自分だ。

自分で見るのも他の人に見られるのも嫌だけど、このまましばらく放置すると言われた。何かに使う予定があるらしい。



そうして、そのまま――一日すぎ、二日がすぎて、一週間がたった。

廃材たちの姿は変わらない。

汚れとかシミた部分が、ちょっと酷くなったような気がする。心なしか臭っているような……


家はひとつ頷いて、キャンプファイヤーみたいに組んでマッチを擦った。

燃えてきえてしまえー。


寮生が指差し悲鳴を上げて、まるで放火魔の犯行現場発見みたいに止めてきた。ポルターガイストたちまで参加しての完全阻止だった。


いやいや、誰だってこんな汚れ物は消したくなる。

それが目の前にあったら、しかも放置されたまんまなら、この行動は当然である。


家のけっこう当たり前の主張は受け入れられなかった。

みんながみんな、「それを燃やすなんてとんでもない!」って言い出す。


「オマエと同じ意見だが、中には欲しがる奴もいるんだ」


骨董とかがの趣味の人かな。古さだけを評価するのは、人間のダメなとこだと思う。


嘆かわしいと首を振ってると、ポンポン頭をたたかれた。

その気軽な動作には、覚えがあった。


「やあ! 今日もかわいいね! 半ズボンを履いてくれるともっとかわいくなると思うんだがどうだろう!」


へんな人だった。

片手に半ズボンを掲げて言ってる。


一応は元寮生で、今は外で騎士やっている人だった。

非番のはずだけど、着込んだプレートメイルがまぶしく陽光を反射してる。

歯の白さも反射し、半ズボンの白さもぐいぐい見せる。住んでたときはここまでじゃなかったから、飢えていたのかもしれない。やるなら家主に履かせるべきじゃないかな、その下着が見えそうな半ズボン。


――ここに来るの珍しい。またどうして。

「もちろん、手に入れるために」


指差す先には廃材があった。

どんだけ見返しても、他のものじゃなかった。


家の口はへの字になり、無意識にマッチを探した。


「あっちゃあ、あたし、出遅れたかなあ」

「やあ、久しぶり、噂は聞いているよ!」


さらに人が増えた。

騎士の人が大仰に歓迎する。


「アイドル活動とかにまったく興味はないが、同じ時期に寮に入っていた君が有名になったことはボクにとってもこの上ない喜びだ!」

「少年趣味の人の素直な感想って、やっぱり微妙に引っかかるね」


同じく今はもう寮にいない、アイドルの子だった。

白いオーバーサイズのスウェットにデニムのパンツって普通の格好だけど、やけに似合ってる。

ただ、なぜか酷く眠そうにしていた、ちいさなアクビを手で抑えてる。大変な中わざわざ来たのかもしれない。


「――」


眠そうな目のまま、ジッと家のことを見てた。

よくわからない複雑な感情があった。


――どしたの?

「ああ、いや、うん」


照れたように笑い、ごまかすように手を振ってた。


「そうだ、ごめんね」

――なにが?

「ここに来たがっていた人がいたんだけど、あたしが来れなくしちゃった。まだ寝てる」

――そうなんだ、ええとそれって……

「たぶん、家が知らない子だとは思う、それでも悪いことしたなあ、って気分だから」

――んー、わかんないけど、わかった。


人間っていろいろ複雑だと思う。

こっそり「フウが悪い、なんであんなに楽しみにするかな」って言葉も複雑すぎる。フウってWHO?


あと騎士の人はあんまり寮を覗き込まないでほしい。

家主から「アイツは子供に近づけるな」って厳命されてる。

特に家は現在、問題少年少女を預かってるからお帰り願いたい。これ以上の問題上昇はなんか限界超えてる。


そうしている間にもゾロゾロと、いろんな人が集まった。

中には数年ぶりとかの珍しい人もいる。


「あー、念のために確認だ」


家主が拡声器片手に面倒そうに言う。

中庭の気配すべてが耳を傾ける。


「今回出た廃材には限りがある、見たところ人数が多すぎだから、いつものやり方で決めるぞ」


当たり前のように。


「枕投げだ」


その単語を言った。



 ◇ ◇ ◇



枕投げ、それは平和でちょっとしたお遊びで、夜中にやりすぎる怒られるもの。

だけど、ここではちょっと違った。

というか、いつの間にか違うものになっていた。


「家」

――はい。


右に拡声器、左で家を指して家主は言う。


枕投擲大会機構ケッセンシュラフト・ズシティム、起動」

――了解。


枕投げ大会用に確保していた魔力貯蔵を開口する。

記憶燃焼機構でいえば数年分の、結構な量の魔力が溢れ、特殊構築システムに通される。

家の内部を巡り、力を現し、すべての窓に隔壁が降ろされ、家自身の構造的な強化を行い、魔術的仕切りにより区画への出入りを禁じ、敷地内へ条理ルールを強制する。


ブゥン――と音を立てて、地面から淡い魔力が立ち上り、参加者たちに条理を課す。

ここでは枕だけしか攻撃手段がない、そういうルールを。


「初参加のやつもいるだろうから説明しとく。これは、以前の馬鹿な寮生が願ったシステムだ。揉め事やら争奪戦があれば、決着は枕投げで決める。そういう願いだ」


そうなのか。


「投げた枕には魔力が込められ、当てられたやつはその分の魔力をごっそり奪われる。魔力が全部が無くなればソイツは脱落だ。奪った魔力は家が吸収し、次の大会運営用に回される」


……ええと、なんか、ものっすごい量の魔力が、あったんだけど。


「本来なら、マジで平和で穏当な争いだった、喧嘩にしたって傷つくことがねえで終わる。見た目的にも微笑ましい。だが、願った奴は想定してなかった。本当に欲しいもんを目の前にした人間ってのは、なんでもやるってことを。まあ、これを責めるのはコクってもんだ」


騎士の人が取り出す。直剣だった。

ギラリと禍々しく輝いてる。


「……そこの馬鹿騎士みたいにだ、「一ヶ月以上それを頭の下に置いて寝ていたら、それは枕として扱われる」なんてこと、普通は考えねえ。けど、システムはそう判定しちまった」


見ればアイドルの人も、メリケンサックを取り出して手にはめていた。

それ以外にも、そこかしこで色々な凶器がギラギラ並ぶ。とてもじゃないけど、枕投げ大会をする雰囲気じゃなかった。

今から始まるのってバトルロワイヤル?


「できねえとは思うが攻撃魔法の類は禁止な、あくまでも「枕」を投げろ。投げた枕は一定時間で手元に戻るようになってるから、まあ、気軽に投げていいんじゃねえか、少なくとも無くすことはねえ」


誰もが黙ったまま戦意をたぎらせていた。

フー、フーッ、と荒い呼吸をしている。


これ、家のいらない端材的なものの争奪戦だよね?


「一応は安全機構が働いてるはずだが、絶対とはいえねえ、致死性の攻撃はやめとけ。手足一本奪うくらいのつもりでやること」


みんな素直に頷いてるけど、雰囲気的に通じてない。なんか言葉を知らない人の集まりみたいだ。

 OK、ぶっ殺す。

 オデ、ヤル。

 ウッホぉぅぉオオオっ!

って無言の返答があった。最後は本当に叫んでた。


「あー、それと前と同じはちょっとツマランよな。数には限りがあるが、そこそこの人数が確保できるっぽいしな。だから、今回はこれも賞品につける」


家主が懐から取り出したのは、なんか古ぼけて錆びついた、あんまりよくなさそうな釘だった。


「この家の、最初期に使われてた釘だ」


なのに、シン、と場が静まりかえった。

誰もがあんぐりと口を開けてそれを見つめる。

チリチリと、導火線が燃えるみたいな緊張があった。


「これがあれば割と色々なことができる。最後まで生き残った奴のモンだ。まあ、ポルターガイストやってるやつも、記憶を戻すことはできなくても、しばらく認識されるくらいのことはできるだろうぜ」


集まってる人はもちろん、それ以外の全方向から雄叫びみたいな振動があった。

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