第17話
いままでが嘘だったみたいに、目にも止まらぬ速さで踏み込んだ。
アイドルの子が残像だけを残して激突する。
『負ける? 上等だ、あたしはそれを1%でも勝てる「勝負」にするため死ぬほど頑張っている』
左右の拳を連続して打ち付けながら叫ぶ。
『諦める? 強化を加減する? 確実に勝つ? ぜんぶ違う、そんなものじゃない、それは理想を叶える者の言葉じゃない、それは「アイドル」じゃない!』
『なにを……!』
『逆に聞いてやる、あんたは限界まで挑戦したのか、諦める前にやれる全てをやったのか?』
『それは、当然――』
『嘘つけ』
殴りつけた拳が、メリケンサックのそれが、ひときわ大きく鳴り響いた。
唖然と騎士の子が見つめる視線の先、鎧の中央部分が、へこんでいた。
『あたしのように、限界まで踏み込んでいない。途中で諦めた』
『それ、は――この威力は……!?』
「マジか」
――え、なんかすごい強くなってる……?
「そんな事するやつは、さすがにいなかったぞ」
『キミは、キミはまさか……枕を……』
『ああ、食べた』
口元を拭いながら言う。相変わらずの悪い顔色は、少しだけ良くなっているように見えた。
『仲間になってくれた人たちの武器、その枕、魔力の塊になっているものを身体に取り込んだ。あたし自身の強化のために』
『馬鹿な、そんなことをすれば――』
『もちろん、かろうじて食べられる部分だけを食べた。それでも体調は最悪だ。消化するのも時間がかかった。なにより、これが効果を発揮するかどうかも賭けだった。それでも――』
低く構える。
漏れてはいなけれど、その内部では複雑な魔力が渦巻いていた。
『これは五十一人ぶんの力だ、その支持だ』
騎士が唖然と胸元のヒビを確認するのに対し、アイドルは不敵な笑みで言う。
『もう一度聞いてやる、あたしくらい踏み込んだ上でそれを言ったのか。「敵わないから諦めろ」とそう言ったのか! せめてあたしの本気を越えてからそれを言え!』
地面が爆ぜ、同時に鎧がさらに凹んだ。魔力の領域が見える。
大会が始まって以来なかった騎士へのダメージが、初めて入った瞬間だった。
『!』
そのまま、アイドルの子は素早く動いた。
◇ ◇ ◇
フェルさんは予備マガジンを両手で折った。
バラバラと内部からちいさくて黒い球が溢れる。
片手にそれをザラザラと入れ、一握り分を確保した。大半は地面にこぼれたけど気にした様子もない。
『どのようなつもりだろうか、それは――』
『えいっ!』
力いっぱい上へと投げる。
球は上がり、広がり、速度を落とし、その頂点で弾けた。
一つ一つのちいさな球が、更に細かい破片になる。雪みたいと言うには、ちょっと黒くてゴミっぽいけど、ゆったりとキラキラ落ちてくる様子はちょっとキレイで――
「! 緊急防壁展開!」
――りょ、了解!?
家主の命令に、反射的に緊急用に確保してある魔力を流して防御力を上げる。
咄嗟だから硬度も持続時間も半端なものだけど、かろうじて展開し終わった瞬間――
大爆発が起きた。
破片が地面に、家に、木々に触れる度に無方向の魔力爆発を起こす。
ひとつひとつはそれほどじゃないけど、数が違った。
魔法特有の白い焔が一帯を染めあげる。
場所は中庭で、防御能力を上げたばかりだ。
外に向かおうとしていた力が反射され、また舞い戻ってくる。
赤色に燃えるフェルさんの魔力圏を削りながら、巨大な白炎の蝋燭みたいに天を焦がす。
『もいっかい』
そこに、フェルさんが燃料を足した。
魔力を限界値まで入れ込んだ、それこそ自壊してしまうほどの高濃度の魔力の球を、炎上するその最中に投げ入れる。
『知っているはずもないこんな威力?!』
今度起きたのは、閃光だった。
即座に、容赦なく爆発し、フェルさんの周囲五十歩圏内くらいの地面を掘り起こし、その下に隠れていた人たちを消し飛ばした。
隠れている人もこっそり場を伺っていた人も関係なく、全員が転送された。
ギリースーツの人も含めて広間に現れる。
破壊の余波は、ここまで揺らしていた。
破壊の中心では、フェルさんが膝を付き、唇を噛み締め、血走った目で耐えていた。
削れた魔力の大きさを物語るみたいに、そのお腹がグウぅぅと獣のように鳴る。
――中庭が、家の中庭が……
「ひっでえな、というかやっぱり枕投げ大会やるとこうなるんだな」
――家は忘れてたんだけど、前もこんなことあったの!?
「まあ、憶えてないほうがいいこともあるな」
なんかやばいことを言われてる気がする。
過去の家の惨状に思いを巡らせながら、酷い有様の中庭を見ると、そこに残った人はもう残り少なかった。
クレーター状にえぐれた中庭。土煙が薄れる中で見える人影は三人分。
破壊の主催者にして中心、だけど、変わらず膨大な魔力を纏い、ゆっくりと起き上がるフェルさん。
全身を煤けさせながら、それでもなんとか立っている騎士の子。
そして、そんな分厚い鎧を盾にして、爆発をやり過ごしたアイドルの子だ。
騎士の子は手を離した途端、その場に崩れ落ちた。
ガシャンと重い音をさせて倒れ伏した。
転送こそされてないけど失格も同然だった。
だから、それぞれ別のものを食べ、膨大な魔力を手に入れた二人だけが、睨み合い、決着をつけようとしていた。
◇ ◇ ◇
「医療班、大丈夫だとは思うが嘔吐剤とかの準備しとけ」
家主が面倒そうに、けど真剣に言った。
――え、それ必要なんですか。
「外部からの攻撃ならともかく、自分から内部へと取り込んだ異物だ、普通に変なもの食ったのと変わらねえ」
――うわぁ……
「一応、吸収のバフがかかってるはずだが、それでも無理なことしてるからな――あー、食ったもんは、槍の飾り布に、剣の滑り止めに、弓の予備弦……どんだけだアイツ」
戻ってきた人たちに聞き取った情報が来ていた。
「集団戦で一方的にやられてたのも、これが一因だろうな。武器の一部が無いまま奴らは戦った」
そうやって、その分の魔力を取り込んで強化した、ってことなんだと思う。
保持する魔力量を徐々に強くしながら、そのアイドルの子は歩いてた。
内部に巡る魔力は色鮮やかで、虹みたいに幾重にも囲む。
手を横に振り、土煙を払いながら進む様子は、なんかもうコロシアムの拳闘士みたいだった。
待ち受けているのはフェルさん。
手にした軽機関銃の様子を確かめた後、残念そうに置く。
あれだけの爆発に晒されたせいで、上手く動かなくなっていた。
けど、赤く脈動する魔力はまだまだ底が見えない、手にした枕も無事なままだ。
二人の、その無言で対峙する様子を見て家主がポツリと言った。
「いや、ひでえな」
――え、なにが。
「布やら弦やらへんなもんまで食って強化したのは、本当に賭けだったはずだ。そこまでの無理して強くなったのに、対戦相手は美味いもんたらふく食って超強化だ、色んな意味で美味しい思いだけしてる」
――あー、それはー……
「止めなかった私も責任あるけどな、割と酷い肩入れだぞ、これ」
しかも見たところ、魔力量はフェルさんの方が上だった。
あれだけ削れても、一人分くらい魔力量が上回ってる。
いや、うん、たしかに家庭菜園まで投入したのは、ちょっとやり過ぎだったのかもしれない。
家としてちょっと反省した。
反省中でも、睨み合いは続く。
二種の異なる魔力が立ち昇ってる。
一つは万色、ゆらめき不安定だけど強力。
一つは赤色、蠕動しながら空腹に身をよじっている。
『すごいですね』
フェルさんが言う。
短時間で一気に憔悴したけど、目だけは戦意に燃えたままで。
『そっちほどじゃないだろ、あたしのは』
『ええ、それでもいろんな人達の想いを背負っているのがわかります』
静かに、けれど残念そうに。
『でも、だからこそフェルには勝てません』
『……』
『自分のものにして、消化しきれていません。まだ魔力同士が反発しています』
『だから?』
『これを言っても意味がないとフェルはわかっています。それでも、言います。あなた自身のために、身体を壊さないために、棄権してはくれませんか?』
その言葉に対してじっと睨みつけるようにしていたけれど、
突然、ふ、と表情がほどけた。肩の緊張を抜いて、まるで親友か、もっと親しい人に言うように。
『そっか、心配してくれてるのか』
『はい』
『なら、もっといい方法がある』
多数の魔力を内部に抱えた人は、両手を広げた。
視線は、枕を構えている子をまっすぐ射抜く。
『フェル、あたしのところに来ないか?』
『え……?』
『あんたの目的は、腹いっぱいになることだ。それは、ここで勝っても一回しか叶えられない。それよりも、あたしのところに来れば、ずっと、毎日、遠慮なく、満腹になることができる』
『はえ、それは、え……?』
『一部のアスリートや戦う者のために、魔力補給をメインにした料理を提供するところがある。そこでフェルは全メニューを頼める、いくらでも、なんでも注文していい』
ゴクリ、と唾を飲む音がした。
ぎゅるると腹の音が鳴っていた。
『な、なにが目的ですか、た、タダでそんなことを、するはずがありません。都は怖いところだと母から聞いてます!』
めちゃくちゃに揺れていた。
『あたしには目的がある、そのために味方はいくらでも欲しい。あたしは、フェルが欲しい』
『ふぇ……!?』
『ダメか、あたしは絶対にもうフェルのことを空腹にさせない、ぜんぶを満たしてやる、だから、来てくれ』
――うわあ。
「マジか、こういう決着か」
そう思ってしまうくらい、フェルさんはグラグラだった。
『フェ、フェルのことを口説いてるんですか!』
『そうだ、口説いてる。戦う姿はキレイだし、その性格も気に入ってる。他のやつに渡したくない。来いよ、フェル』
『え、え……』
あと一息。
誰もがそう思うし、きっとアイドルの子もそういう手応えを感じていた。
けど、口説くその背後で、揺らめくものがあった。
本来は見えないはずなのに、濃い存在が、魔力が、情念が、土煙をどけて人の形を作っていた。
空気を揺らして、音がする。
なんか聞こちゃいけない、昏い声が。
へぇ……?
それは、背が高くて細い人の形をしていた。
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