二章 アイドルと家
第6話
眩しい光が全て消えて、一瞬の間があった。
あたしは舞台の上で拳を振り上げた姿勢のまま、審判のときを待つ。もう、結果なんてわかり切っていた。
最低だった。
「……自覚はあるな」
監督兼演出家、この舞台の一切を取り仕切る人の眼光が、あたしを睨みつけていた。
気の所為じゃなければ、そこには失望の色すらあった。
これが本番じゃないことは、言い訳にもならない。
「休憩だ」
あたしを指差し。
「休んでろ」
判決のようにそう断じた。
普段は罵倒すら交えて細かくダメだしをする人のそれはつまり、「評価するに値しない」ってことだ。
あたしは下唇を噛み締めたまま、身動き一つできない。
――やっぱり無理だったよ……
告白するように、懺悔するように思う。
――あたしにアイドルなんて。
◇ ◇ ◇
あたしは昔、ある寮に住んでいた。
都に近いは近いけど、通うとなったらとんでもなく大変な、詐欺とか誇大広告みたいな寮だった。
「都の中は家賃も物価も高い、けどね? そこからちょっとだけ離れた場所なら、とってもお安く住めるんですよぉ」
知り合いのそんな文句に誘われて住んだ場所は、許容範囲ギリギリアウトの遠さで、とても変なとこだった。
――家へようこそ! 家は歓迎するよ!
どうみても年下の、未成年どころかあたしより下の学校に通ってなきゃおかしいくらいの子が、腰に手を当てなんだか偉そうに戸惑うあたしを出迎えた。
その後ろでは、病的に細くて背の高い女の人が、その子を三つ編みにしていた。されてる当人は気づいた様子がまったく無い。完全無視だ。
無視状態のまま、家の各所の案内をされた。最初にツッコミを入れ損なった時点で、その後ろについている痩せた人について触れることが難しくなった。
あたしにだけ見えてる幻影じゃないよね、これ?
共有スペースや風呂場や洗濯、ゴミ出しその他の細々とした注意をされたけど、合間合間に自慢も挟まった。
――そう、家はすごいんだ。だって全自動洗濯機! 普段とは違う魔力を使うから、人によっては疲れるって文句も言われるけど、うん……
――中庭はね、暖かいんだよ、スゴイんだよ、寝てると身動き取れなくなるし。
――ここだけの話、家にはポルターガイストがいるんだ、たまに夜中、食堂には誰もいないのにラーメンの罪深い匂いとかがしてる……
コロコロと変わる表情、ちょこまかと動く様子、定期的に挟まれるドヤ顔。
「うん、ここ、すごいと思う……」
――でしょ!
これ、犬だ。
なんかこう、ちょっとお間抜け入ってる感じの。
試しに撫でてみると、少しだけ跳び上がった。
――ゆ、夕食か、夕食におまけが欲しいのか!? 家は屈しないぞ!
って風に続いたのは、あんまり褒められ慣れていないからかもしれない。すごく期待した目でそれを言ってた。
ちなみにその間、細い人はずっと三つ編み作成を続けてた。
最後に案内されたのは、やけにズボラでぶっきらぼうで眠そうな、けどすごい美人の人だった。
「あー、家主だ。いいぜ、オマエのことはもう認識した。念のため、ここに記帳しとけ」
スゴイ部屋だった。いろんな意味で。
――一昨日に掃除したのに、一体どうしてこんなことに!?
「いい酒持ってきたやつがいてなあ」
――酒盛りか、酒盛りしやがったなこの家主。
「量もたっぷりあったからな、一晩じゃたりなかった」
――ふたばん!
ぽかぽかと殴った後、がっくり肩を落としながら酒瓶を拾う様子はちょっとかわいそうだった。
痩せた人は手伝う様子もないまま、完成した三つ編みのバランスに頷いてた。
なんとなく、この寮での過ごし方がわかった気がした。
◇ ◇ ◇
寮では定期的にいろんなことが起こった。
枕投げ大会〜残ったプリンを賭けて、蘇生魔法の準備は万端〜とか、
パジャマパーティー〜唐突かつ脈略のない王族参加を添えて〜とか、
歴史の講義〜知ったら割とガチ目に命を狙われる歴史の裏側〜とか。
パジャマパーティーは王妃らしき人が家の子を抱えて寝ようとしてブーイング食らって、枕投げは寮が半壊した。
最後だけは不参加だったけど、それ知ってる家主さんは何者なのか。
これが都での暮らしなのかと思ってたけど、たぶん違う。きっとあの寮特有だった。
というか、場所が違うだけでこんなことがよくあってたまるか。
痩せた人とも仲良くなった。
風天譜という名前らしい。フウテン・フウだと長いので、フウさんと呼ぶことにした。
フウさんは、もう願いを叶えてもらった人だった。
自動洗濯機の製造と設置を、願ったのだという。
「けっこう、いるよ、そういう願いの使い方、する人……」
自分自身のためではなく、この寮のため、あの子のために一度切りの願いを消費する。
それを多くの人がやったからこそ、ここはちょっと意味不明なくらい強力になったのだそうだ。
膨大な敷地範囲も、あの子が少しでも遠くへ行けるようにするためだった。
そういう意味では、自動洗濯機の設置は規模としてちいさくて、思い出を重ねるよりも前に願ったことになる。
「私は、わからなくなることの方が、むしろ、願いだったから」
「どゆこと」
「あの子にわからないように、あの子のお世話をしたかったの」
まったく反応されないし認識もされない、ただ目尻の汚れを取ったり、髪の毛をとかしたり、そういう一方的な奉仕がしたかったし、そういうのが好きなのだそうだ。
無自覚にぞんざいに扱われたい、そんな欲求があるらしい。
「変わってるね」
「そう、かな」
フウさんの顔には、別に理解されなくてもいい、と書いてあった。
ちょっと悔しい。
友達のコアな部分がまったくわからない。
「あの子はね」
ただ、ある時ぽつりと言った言葉だけは、忘れられない。
「性格はとてもやさしくて、性質はとても残酷」
だから好きなの、と続けていた。
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