第4話
ソフィ・バーレンは寮生――
その言葉は、事実じゃない。そんな話は一回も出ていない。
せいぜいが家の知り合いで、ひょっとしたら友達だ。
けど、家主が言った瞬間、それは事実になった。
いや、事実にしてしまう。
契約本人のサイン筆記とか、意思確認とか必要ない、家主が断言したことだけが重要だと思い込む。
そう認定することで何もかもが変わる。
モンスターが、寮生を襲っている。
それは自衛すべき事態だ。
ありとあらゆる手段を取るに足る。
ふ――
と息を吐く。
警戒体制を発動、同時に備蓄魔力の封鎖隔壁を開放する。溢れた魔力は屋内に張り巡らされた回路を巡り、力と存在を一段階上げる。
目から焦点が消える。意思の主体が仮想体から家本体へと移り、音・魔・魂・磁・空で感知する。
認識の幅が耳目から領域全体となり、ソフィ・バーレンの叫びを直接聞く。彼女が助けを求めていることを、音だけではなく魂魄の震えからも知る。
助けを要求されている――
他ならぬ寮生から。
即座に
その生存願望を叶えるべく、個別保存された記憶領域の一切を燃やし尽くす。
回路を巡る魔力が発光し、力と存在を更に上げる。領域内における魔力物質化を為しうるレベルまで。
半ば頭蓋骨が見えるオーク骸、足を引きずりながら体を縮める寮生、一秒後に致命となる事態の上空で構築魔陣を多重展開させ、割り込むように機構体を顕現させた。
東洋のヨロイを模した鋼の体が轟音を立てて落下、四角の足を地面にめり込ませ、同時に拳を敵の後頭部にめり込ませる。
湿ったものと固形物が高速で衝突し、オーク骸の頭骨を地面に叩きつけ、そこに張り付いていた肉の量を更に減らした。
グっ――オウぅうッッ!!
驚く、という機能もないのか、生きる屍は落ちたのと同速で頭を跳ね上げ、機構体の右腕に噛みついた。汚濁の液を飛び散らせ、砕かんばかりに噛み締める。
オーク骸と機構体は同じくらいの大きさ、でも、たかだかカルシウムの攻撃では魔法鋼の硬さは揺るがない。
ウヴォぅ……!
意思を感じさせない音と振動を、ギザギザの歯越しに体感しながら、左の拳を握り、そこに魔力を滾らせる。
窮屈な踏み込みから全身を稼動させ、正拳突きを振り抜いた。
直下に衝撃波を、正面に打撃音を鳴らし、螺旋状の魔光と共に放たれたそれは、傷跡ならぬカルシウム跡を右腕に残しながら、オーク骸を水平に吹き飛ばした。
紙くずのように、攻城魔術のように、屍の巨体は飛行し、木の幹に減速なしに激突。その腐った肺から空気すべてを排出させ、断末魔もどきを上げさせた。
そのまま、ズルズルと地面に落ちる。
魔力残滓を振り払い、機構体は振り返る。
巨体が陽光を反射し、寮生との大きさの違いを強調する。
「え、あの――」
ペタンと座った姿勢のまま、不安気に見上げる寮生に対し、発声機能のついていない機構体はポーズを取った。
かつて見せたのと同じ、アイドルを目指していたときに考えたオリジナルポーズ。腰のひねりと顎下に添えた手の角度がポイントだ☆
◇ ◇ ◇
当然だけど、まだオーク骸は倒しきれていない。
「え……え!?」と困惑している寮生が無事なのは喜ばしいけど、事態の決着はついていない。
残りの魔力はまだある――
魔力を物質化させて顕現させ、全力攻撃を行ったのに、正直、想定よりもずっと残ってる。
それだけの記憶が、思い出があった。
何気ないやり取りが存外大きかった。
この魔力量を使い、家は寮生の生存を確定させる義務がある。
機構体の手のひら上に、魔陣をふたたび構築する。
さっきよりもずっと小さく、けれど、より多量で精緻なそれらを114ばかり同時発動、機構体を焦点にして輝く。防護を意味する黄色をメインに、円弧を描きながら幾重にも束ねる。
機構体を削り作られたそれは、ごくシンプルなネックレスだ、小さい輪を繋げたチェーンは、今は赤白色に輝いている。湯気を上げて発熱するそれを握り、強制的に冷却させた。
もう一度開けば、クレーター状にへこんだ手のひらの上に、薄黄色のそれが残る。
「あの、あなたって……な、なにを、え……?」
戸惑う寮生に向け、ちょっとばかりミスりながらもそのネックレスをかけようとする。機構体は、あんまり器用にはできていない。
5回目の挑戦でようやくかかった――というかまだ困惑し、痛みを堪えながらも立ち上がった寮生が自分で付けたのを確認し、ひとつ頷く。よっぽどのことが起きない限りだいたい無事。そういう御守りだ。
これで、安全は確保。もう大丈夫。
グ、グぃゥ――ッ
樹木の根本でもがいていたオーク骸も、ようやくのように起き上がる。尻尾を巻いて逃げてくれればいいものを、どうやらリベンジしたいらしい。魂魄のないはずの眼窩から、粘ついた情念が覗く。
「――」
その暗い攻撃性を見せぬよう機構体は立ちふさがり、構える。
見ればオーク骸の右手がひしゃげている。咄嗟に防御したらしかった。
死んだ後なのに、優れた反射神経を見せていた、決して侮れる相手じゃない。
ペタリと、機構体の背中に、触れるものがあった。
「あの、よくわからないけど、寮のあの子なの……?」
寮生のちいさな手だった。
感触がぼやけてわからない部分があるけど、たしかに。
機構体は、振り返り、頷く。
接触した手のひらは、かすかに震えていた。
それは心配か、不安か、恐怖か、どれかはわからない。
けれど機構体は親指を立て、拳を胸部装甲に打ち付けた。
マイナスの感情なんてまったく不要だ。
願われて、叶えぬまま終わる家なんてないのだから。
◇ ◇ ◇
遠く、腐った左手を握り締め、空へと向けてモンスターは吠える。
豚のように、猪のように、戦士のように、太く雄々しく、けれど魂のない咆哮だった。
ひょっとしたら一角の、群を統率する個体だったのかもしれない。
今はもう、その生前の模倣行動でしかないのだけれど。
さて、実を言うと少し困った。
あのネックレスのアミュレット作成に、魔力量の大半を使い尽くした。
できる攻撃は、せいぜいあと一撃くらい。
エネルギー残量のメーターがあれば、すでに赤色ゾーンに入ってる。
もちろん、無計画にそうしたわけじゃなかった。
感知内で、幻鳥がここまですっ飛んで来ているのを把握している。あともうすぐで到着する。
家のやるべきことは、極端なことを言えば時間稼ぎだけ。それでミッションコンプリート。
とはいえ――
眼前には、今にも駆け出そうとするモンスターがいて。
背後には、こちらを頼みとして、すがるように震えている寮生がいる。
ここで半端をするのは家じゃない。
そんな逃げ腰なことをするのは宿屋だけで十分だ。
爆発が、土煙を伴い樹木を揺らす。オーク骸の、最速の一歩の余波だった。
グアaぁアあaaぁぁッッッ!
叫び、駆けて、振りかぶる。
その暴威を前にして、家は拳を縦に2つ重ねた。
わずかに開いた空間に魔力が巡り、竜巻のように上へと伸びる。
原始的な、集積魔術。
細く伸び切った竜巻が瞬時に固形化し、巨大な直剣となる。
機構体に保持され、その切っ先を天へと向ける。
ほのかに光る、機構体の数倍はあろうかという長さの凶器、そこに向けて残存魔力と、機構体を形成している魔力の大半を注ぎ込んだ。
唸るような音を立て瞬間的に白く発熱し、重量を増す。ほとんど持っていられない。
――ッッ!
オーク骸の、破れかぶれのような一撃が機構体に突き刺さった。
自身の肌を破り、骨を砕きながら、全力で振り抜かれた一撃は、機構体の頭部を粉砕した。それだけの一撃だったし、家はそれだけ構成魔力を剣に注ぎ込んでいた。
構わない。
残る力すべてを振り絞り、剣を動かす。動かそうとする。
両手両足に力を入れる。
小揺るぎもしない。
ピクリとも動かない。
剣は直立したままだった。
魔力残量が、予想以上に無い。
カウンター可能な時間帯が、刻々と過ぎていく。
オーク骸が眼窩に焔を灯し、破壊の事実に歓喜し、追撃を行おうとする。
――なめんな。
存在を軋ませながら、ボロボロにあちこちを破損させながら、思うことはただ一つ。
――家は、お土産の木刀だって振れたんだ!
振り下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます