第2話

変わらず強さへの探求は続く。

次に求めるべきは速度なのかなあ、と窓ガラスを磨きながら思う。


廊下に光を透過させるそれは今日も変わらずにピカピカだ。

家の家なのだから当たり前。自動洗浄システムは故障してないし、あんまり磨く意味もない、ただの気分だった。おら、家が家をきれいにしてやってんだぜ。


優雅な午後に優雅な気分で磨く。ちょっと気取って、はあ、と息を吹きかけてからキュッキュとやる。

なぜか微笑ましいものを見るような視線も感じるが、どこにも人影はない。いつものことだった。


そうして思うのは速度のこと。

その意義を、家はよく分かってなかった。


もちろん、言葉としてはわかる。

AからBの距離を時速どれだけの速度で行けばとか、抜刀速度がスゴイければスゴイとか、そういう理屈はわかってる。

だけど、戦闘における速度の重要性とか言われてもピンと来ない。


攻撃が速いって言っても、手番が向こうが先で、人間だったら致命傷を食らうってだけだ。

家にとってあんまり損なことじゃない。


十分に準備を重ねた攻城魔法とかを打ち込まれる方が大変で、それを感知する方がきっと重要だ。


だから、速度とかいらない。

遠くに行く必要もない。

目的地までどれだけかかるとか不必要な話題。

寮生にそんなことを言って欲しくない。


これは別に、どうせ家は家は敷地内からでられませんよ、なんだよ繁華街とか新しい洋服屋とか、みんな他の家に浮気しやがって、とスネているわけではないのである。


絶対に違うのだ、いいね?


特になんだ、あの宿屋って、家なのに家じゃないなんて、完全に理解を越えている。

まったく、思うだけでもとんでもない、人を、人間を、お金を支払って泊める!?

一晩だけのお金の関係!?


こう、なんか、それはダメだ、体だけ泊めるとか、不特定多数が毎日のように入れ替わり立ち変わりでとか、それはそれで面白――否! 違う! ふしだら! そういうのダメだと家は思う!


だから、寮生が旅するなら野宿推奨だ。宿屋とか気軽に泊まっちゃダメだ。

一ヶ月以上の長期滞在ならギリであり。その場合は、家が向こうにご挨拶に行かなきゃいけない。家、基本的に外行けないけど。


仮に、もしも万が一にも、宿屋の品を持って帰ろうものなら酷いことになる。絶対に許せない、浮気の証拠で裏切りの証で寝場所取られである。


しばらくの間、私室出入り口ドアの建て付けが悪くなるという恐怖を与えるのだ。ふふふ、恐怖するといい。あんまり気づいてもらえなかった気もするけど、きっとキイキイ軋むたび怯えていたに違いないのだ。



 ◇ ◇ ◇



家の敷地面積は割と広い。

さすがに国が管理している道は違うけど、それ以外の、家の頂上から見ることができる視界いっぱいは、だいたい全部が家の敷地だし、遠くの方でひっそりと塞いでる山も実はそうだし、その間の鬱蒼とした森も当然そうである。


逆方面を見ると割と栄えてる都の様子がある。あれも家の、と言いたいけど、残念ながら違う。そうなったら色々便利だけど、その野望はまだ達成されていない。我が野望いまだならず。

油とか塩とか重い買い物頼むのって、けっこう心苦しいから、いつの日にか成し遂げたい。


都へ頼りなく続くヒョロヒョロとした道は細く長く、とても不便だと寮生に好評だ。「苦難と修練」って名付けられている道の両側の、そこそこに繁茂している木々も実は家の敷地内だ。


ふふん、家は富豪なんである。お金ないけど。


ただ前は、ここまで広くはなかった気がする。

一時は広かったけど、縮んだ後は周辺のちょっとした湧水とか、庭とかだけが敷地だった。

割とずっと長い間そうだったと思うけど、なんか気づいたらこんなに広大になっていた。


この敷地面積は、ちょっと満足だけど、ちょっと不便でもあった。土地を所有するってことは、責任を持つってことでもあった。

買った家を放置するなんて言語道断なんてことをしたら、中にゾンビや悪霊が湧く。

それは持ち主の責任だ。


敷地内で勝手に生えたスモモが所有者のものであるように、敷地内で勝手に生えたモンスターは所有者のもので、襲った罪も所有者のもの。


なので、責任感のある家は、魔物とか見つけ次第に駆逐してたんだけど、冒険者ギルドから注意をされた。やりすぎたせいで周辺にモンスターがいなくなった、商売あがったりだ、弱い魔物を倒すためにわざわざ遠征しなきゃならないじゃないかと。


わかるけど理不尽だった。

早いもの勝ちでいいじゃんと縋ったけど受け入れられず、報告はいいけど勝手に倒すなと契約付けられてしまった。


人間社会って世知辛い。


まあ、代わりに継続的に発見料をもらったり、色々な免罪条件とか例外規定も通したけど。

うん、やっぱりいろいろ面倒だなあ、と思う。

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