家にドラゴンが来たらどうしよう
そろまうれ
一章 家とロボット
第1話
家にドラゴンが来たらどうしよう。
家としては大変に困る、なにせ木製建築だ、あっという間に燃えてしまう。ドラゴンブレスというものは、それはそれは大変な火力だと聞いている。森一つ、山一つを燃やし尽くすのだから、家一つなんて一瞬で消し飛んでしまう。
――鍛えなければ。
家はそう決心した。
ドラゴンが来てもだいじょーぶ!と言える家になるのだ。
「バカを言うな」
けれど、家の決心は家主にあっさり拒否された。
「ドラゴンなんぞが来たら家どころか国が燃える、オマエは救国の英雄にでもなるつもりか」
なるほど。
家は納得した。
ドラゴン来ても無問題の家になるとは、つまり国の英雄的な家になることである。
英雄といえばアガトルのことを皆が思い出すように、レジェンド英雄ハウスといえば皆が家を思い出す、そんな家になるのだ。
「おい、なんか変な勘違いしてねえか?」
家主は胡乱な目つきで家を見た。
家は仮想体で雄々しく拳を握ってた。
◇ ◇ ◇
英雄といえば強い、強いといえば修行である。トレーニングよりも強そうポイントが高いところがポイントだ。
まずは素振りである。
家は仮想体で木刀を持った。
……持って、上げようとした。
「なんかプルプル震えてんぞ」
通りがかった家主に素っ気なく言われた。場所は中庭、家主はいまだパジャマ姿で眠そうに歯ブラシをくわえてた。
家は全身全霊を込め、ふんぬぅ、と力のパワーのマッスルを発揮しようとしたけれど、万有引力の発揮の方を目の当たりにした。手から滑り落ちてカランコロンと音を立てた。
手を見つめる。地面を見つめる。
いくら見返しても、木刀は地面に落ちている。
最近まで家に住んでいた子の、お土産として持って帰って放置されてたそれは、朝日を存分に浴びている。意地でもそこから動かない。
家と同じ木製で、周囲に繁茂している木々と違って生長しないのに、なぜそんなに平和に寝転がっているのか。
気を利かせて、ちょっと小粋に自ら浮遊してはくれないものか。
「いくら見ても変わらんだろ」
――そんなの、わかんないし。
「いや、分かれ」
結局、庭内の草木も操作して、素振りを一回だけなんとか成功させた。
家でも振り下ろすくらいのことはできる。ふん
ハラハラと見守っていた見えない観衆も、きっと拍手喝采している。
「たぶんその木刀、フライパンより軽いだろ、なんで振れないんだ?」
――たぶん、家が家的行動以外のことをしようとしたから?
あんまり、この説に自信はないけれど。
◇ ◇ ◇
時代はもはやパワーではない、知性である。
筋骨隆々よりもスタイリッシュに汗もかかずに無双がいいのである、青あざとかなんか痛そうだし。
屋内の、今までの子たちが置いてった書籍たちを眺める。
半分くらい図書館みたいなそこでは、本当にいろいろな、なんかこう、様々に専門的な、とても難しそうな背表紙がひっそりゾロゾロ並んでる。気難しいおじいさんが整列してるみたいな感じだ。
真っ昼間の直射日光を浴びないよう、薄暗くて、静かな室内。足音一つですら隅から隅へと届きそう。
基本とても静か。
たまにポルターガイストが通るくらい。
ここを根城にしていた子もいたなあ、と懐かしく思い返す。本しか友達はいらないと断言していたあの子は、いまごろ立派に炭鉱夫をやっている。暗い点では同じ。
初心者用の魔術習得書を、ペラペラと開いて読んでみた。
気難しいおじいさんだけど、まだ話はわかるおじいさんだった。
屋内に空気を流したり、部屋を温めたり、地下室を拡張したりと、魔法的なこと自体は、家はできた。けれどそれは当たり前にできることで、実際どうやっているのか説明しろと言われたらムリムリだ。
感覚的にやってることだから、発展性というものがない。
だから知的に書籍でそのやり方を学ぼうとしたけどチンプンカンプンもいいところだった、体内循環させたマナに指向性を与えて、魔術サーキットに流し込み、とか言われても、その体内がないのにどう循環させるのか。空気循環の代わりに生活用備蓄魔力を流せばいいのか。
「無秩序に魔力充填させたら、また迷宮化しかねんからやめろ」
書類片手にそう注文をつけられた。
家は途方に暮れた。
切ない望みが潰えようとしていた。
――家、ファイヤーボールとか撃ちたいのに……
「というかだ、オマエが人間用の魔術を学んでどうすんだ、根本から違いすぎるだろうが」
ここの魔術書はあくまで人間用であるらしい。
――なら、家用の魔術書とか知りません?
「ねえよ」
人間の知性はナチュラルに差別的だった。
◇ ◇ ◇
考えてみれば必要なのは防御力である。ドラゴンブレスもへっちゃらな耐久性がいるのである。
木造がなんだ、木だからノコギリぎこぎこで切断されるからってなんだ、こちとら家だ。お布団とかおベッドとかお台所とかおリビングがある住居なんだぞ、コラ。
「……ホントにやるのかよ」
だから、心からイヤそうにしている家主に頼み込み、攻撃魔法を撃ってもらうことにした。
家は家にどのくらい防御力があるのかを知らない。台風が来てもどっしり構えていられるくらいしっかりしてるし、地震が来ても歪まない。ふふん。
けれど、近くで焚き火をされるとちょっと怖い。火の粉って意外と飛ぶ。
そう、色々なダメージ経験はあるけれど、攻撃魔法直撃の経験は、たぶん、まだない。
「下手な攻撃はオマエの非常警戒が発動するから、私がやらなきゃダメなの分かるけどよ……」
家主は渋面だった。
まるで家がアイドルを目指すからと、選考書類の筆記を手伝って欲しいと頼んだときのような困りようだった。
あのときは歌って踊れる家って新基軸なのではと考えたけれど、考えてみれば敷地内からは出られないので泣く泣く諦めた。付き添いを頼んだ子が今はアイドルだった。
うん、でもそう、下手に外部から攻撃されたらエマージェンシーで魔力隔壁開放でヒャッホウだから、家主にやってもらわないといけない、それは確実。致し方なし。だから、さあ!
「――」
家主は諦めたように魔力を手のひら上に集中させた、基本的な閃光魔術。仮想体である家に向けたので、よっしゃと笑顔で待ち受けるが、すぐに違うと気がついた。
家は、家本体を頑丈にしたいのだ、仮想体がどれだけ頑丈でも、それで寮生を守れなければ意味がない。
だから、撃つべきは家本体である。
「クソ、気づきやがった」
とはいえ玄関だとちょっと直すのが大変だから屋根あたりを、いや、雨漏りするのイヤだから柱の入ってない壁あたりを、こう、ひと思いに。
「ったく、人使いの荒い家だ」
家主は面倒くさそうに指示した箇所に手のひらを向ける。慎重に狙いを定め、威力調整をしている。光球が増減を繰り返す。
途端、映像がぼやけた。魔力的な感知には支障がないのに、仮想体経由の視界が不良になった。
「……」
家主が無言のまま、魔術を発射待機状態のまま、手のひらを仮想体の方に戻す。一気に視界がクリアに戻った。一時的な不具合だったらしい。ほっと息をつき、目元を拭いながら尋ねる。
――どうしたんです?
家主は無言のまま、手のひらを家本体にまた向けた。
ぎゅるんぎゅるんと光球がわだかまり、発射直前で待機する。
家主が、家に、攻撃してる、そんな光景だった。
そう頼んだから、当たり前。だけど、認識した途端、再び映像がぼやけた。鼻から水が垂れる。
たぶん魔法的な花粉症。体調不良の突然勃発だ。
家主はその体勢のまま数秒ばかり静止する、今までにないほど困惑した顔だった。
家の仮想体の口から、うあ゛ぅぅ……とうめき声が流れた。
「あのな」
――なんでしょう。
「そんな情けない顔されたら、さすがに撃てねえよ」
――……?
「そんなに私がオマエを攻撃する様子がイヤかよ」
――へ……?
「叱られて泣いてる犬みたいなツラしてるぞ」
――ち、ちがう!
「あん?」
――い、家は泣いてなどいない!
「へいへい」
呆れたように去っていく背中に向け、ただちょっと眼球から水分が大量に出て喉から嗚咽が止まらなくてたまらなく悲しい気持ちになっただけで、断じて泣いてなどいないのだと力説したけど、聞いてはもらえなかった。なぜ。
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