第40話

 全てはナニを突っ込まれた側の匙加減。媚薬は本物か。見えないところでもローターは動いているのか――そんな考えに囚われる様ではギャンブルは向いていない。


 後はこれをギャンブルだと割り切れるかどうかだろう。初体験の場としては不向きなのも事実だが、「これはギャンブルである」という建前を得て性行為が出来る為、初心な玄凪が初体験をするには悪くない場所だった。


真「Hey, staff there.We are doing this for the first time. How do you do this and what number do you recommend?」

(やあスタッフさん。俺達ここへ来るのが初めてでこの賭けのやり方を知らないんだ。やり方のついでにおすすめの番号も教えてくれないかな?)


スタッフ「It's easy. Bet any amount of you want and choose the rules and options you like.The rate of return is determined by rules and options,but not always.」

(簡単です。好きな金額を賭けて好きなルールとオプションを決めて下さい。還元率はルールとオプションに寄りますが、そうでない場合もあります)


 そう言いながらスタッフは端末を取り出し、おすすめだという番号の壁尻を映し出した。


スタッフ「――And here is my recommendation. The number is 530.」

(――そして私のおすすめがこちらです。番号は五百三十です)


 それを見た真九は壁尻がギャンブルとして持っている魅力を理解した。若い番号の者達は性別や人種の違いこそあれど、皆一様に壁から尻を突き出している。


 番号が老けるにつれて壁尻は更に過激となっていく。ハイリスクハイリターンのオプションばかりを用意している者や男性器を表向きで晒す者、性別不明の尻――深淵に踏み入った気分を体験したいならここは持ってこいの場所だ。


 しかしそれも五百番まで。金の御殿とホームレス、そして注意書き――見た者に仰々しい印象を与える扉のその先では、性病を抱えた者達が深淵に呑まれたギャンブラーを待ち構えていた。


 それは市販薬で治せるものから現状不治のものまで。性行為後の検査の結果が陰性なら、番号と性行為の時間、回数による還元率でチップが払い戻され、それを更に上の番号の壁尻へ賭ける事が出来る。陽性なら没収され退場。運を試すにはこれ以上無いギャンブルだった。


 とはいえ、真九達はギャンブルにのめり込んでもいなければ性病に罹患した人と性行為をしたいという性癖を持っている訳でもない。


 真九はスタッフが五百三十番をおすすめしてきた事に、「ビギナーズラックで不治に挑んでみてはどうか?」という意図を汲んだ。病気と金など天秤に掛けるまでもなかった彼等は、若い番号の間で未知のギャンブルに興じた。


 夜も更けぬ早々の内の切り上げで、四人は終わってみれば楽勝。真九一人の払い戻し金だけでも今回の旅行に余裕が出来る程には残高が潤う結果となった。これで切り上げるタイミングを引き延ばした挙句、負けを取り返そうなどとし始めたらそれはいよいよ良くない状態にある。


 玄凪は目の前でギャンブルが行われているのを見るだけ見て、結局一度も自身がする事は無かった。壁尻はやはり彼の最初の一歩として大きかった様だ。


 残高を潤す金を得て、引き換えに満から視線を合わせてもらえなくなった真九だったが、この苦境を乗り越える為に旅行後近々のホテル行きを提案した。実際にホテルへ行くのは二人だけなのだが他の三人もこの話に反応し、恥ずかしさから満は天の邪鬼になってしまった。

 

男「Please help. Give me a quarter!」

(助けてくれ。私に25セントを恵んでくれ!)


 男は駆け寄ってくるなり彼等へそう訴えた。真九達がカジノへ入っていく時に店先で崩れ落ちていた者と同一人物の男。


 必死の訴えを断り一行は再び歩き出すも、泣き縋る男はその後ろを着いていく。


 と、嫌気が差した真九は溜め息を吐くと玄凪へ「研修の時間だ」と言って、端末を取り出した。


真「You are lucky.It was we as you expected . We felt good that all four of us won our bets. You were supposed to be a quarter, but you were a 1 dollar.」

(あんたはツイてる。あんたが思った通りの俺達だったもんな。俺達は賭けをした四人全員が勝って気分が良かったし、あんたはクオーターの筈が一ドル貰えた)


 端末間の送金を確定して男の元に一ドルが送られた。


男「――You are my salvation! You are my God!」

(貴方のお陰で救われる! 貴方は私の神だ!)


真「You're overreacting. This should be called a "clover luck". In other words, your luck.」

(大袈裟だよ。「クローバーラック」とでも言うべきかな。つまりはあんたの運だ)


 真九は男に背を向け、それ以上を語らなかった。


 彼は元々この手の頼みを断ってきた。理由は三つ。全てのホームレスへ等しく同様に接してあげられる訳では無いこと、そうなっている背景に自身が知らない彼等の人生があること、そして他のホームレスに見られていた時に逆上を煽ってしまいかねない為だ。


 何故彼の中であの男だけが特別となったのか――もしこの場に玄凪がいなければ、彼は立ち止まらなかっただろう。あの様な者の訴えなど最早微塵も情に響かない彼だが、こちらの国の有り様を初めて見た玄凪は違った。


 玄凪は男が泣き縋ってくるのを見て「可哀想」だと漏らした。クオーターをあげて男が救われるならそれが良いのではないか、と。


 ホームレスは視界に収まる者達だけで全てではない。特定の場所で特定の時間にクオーターを配る慈善活動ならまだしも、気まぐれでの施しなど正に神の加護といったところ。


 それでも施してくれる神はいるだけマシだ。その様な神がいなくなれば、現状を少しでも打開しようとする者がその中から現れる事も無くなる。その瞬間からホームレスが真の意味で日を浴びるには、自力のみで這い上がる他なくなるのだ。


 無論、それが出来ればホームレスとして生活している者は好みでしているか、或いはほんの一時的という事になり、そういった慈善活動さえ不要となる。


 真九達の自国では賽の目社会の到来が騒がれているが、それは主に言語面でのこと。だがお互いの意思疎通を図る数少ない、そして最も主要な手段である言語がそうなれば、この国の様に人々の心へ賽の目社会が訪れるのも時間の問題である。


 Airgunの社員の中でも特に異端である自覚を持つ者として、決してこの国の二の舞にはならないという信念の確認――真九が男と話す前に言っていた「研修の時間」というのはそういう事を指していた。


 駆け足でホテルへ戻った疲れをビールとソファーで癒しながら、玄凪は真剣な眼差しで先輩の話を聞いた。


英「本当なら園恵も一緒が良かったんだけど、しょうがないわね。また機会はあるでしょ」


満「(大欠伸をして目を擦りながら)――私もう眠くなってきたー」


 丑の刻に出立した付けが回り睡魔に襲われたところで、今日はお開き。玄凪は自問を繰り返し先の話への理解を深めていった。一日目の思い出を壁尻に占領されない為にも。

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