第35話

 彼の教欲は満たされていった。だが宝は無限に手に入る訳ではない。彼しか持っていなかった宝はいつしか皆が持つガラス玉へと成り下がった。ガラス玉を自慢したところで、それは持っている者からすれば何の変哲も無いガラス。見せた時の反応も高が知れていた。


 新たな宝が手に入らず途方に暮れていた爆郎。そんな彼の前に現れたのが玄凪だった。メイドとご主人様の関係にのめり込む事が出来る玄凪は、爆郎の見立て通り未所持の宝は勿論、全く同じガラス玉であろうとも興味を持って話を聞いた。


 その時爆郎が持つガラス玉は久しぶりに宝へと返り咲いて、彼の欲を満たした。それだけではない。玄凪と出会いその熱心さに触れた事で、爆郎の宝はメイドの情報からメイドとの時間へと移ろっていったのだ。


爆「――ぽれぱらこれからもっとミーたんとっと思ってたっふよ。でも……おい自分のはらし話のせいらんすよ」


 ミーたんが殺されたのは自身が情報を流したからだ――その人の死が見えない段階で、隠れて当人への後悔を口にする者もいるが、亡骸を前にまるで懺悔するかの様に後悔を吐き出す者は殊更目立つ。


 それは、死した者と全く同じ道を辿らぬよう知恵を絞り、生き残ってきた種族だからこそ。後悔とは、死という結果無くして進歩してくる事が出来なかった彼等の、等しく訪れる結果に対する抗いでもある。


 彼等の進歩の前に犠牲は【常に】付き纏っていた。だから――


玄「――ミーたんを殺した犯人は許せないですよ、そりゃあ。でも、犯人が犯行に及ぶまで色々な情報を取り入れた様に、ミーたんもストーカー対策頑張ってましたから」


 爆郎は悪くないと慰めるその言葉は、逢へ送った助言が適切だったのか自問する自身に向けられたものでもあった。自分は最善を尽くしたのだ、と。


 もし彼の自問に正解があるのだとすれば、その問いに正答など無いのだと気付く事だろう。現時点で自身が出来る最善の助言をしていく。それが後悔を残さない方法となるが、その為には自分に自信を持つ必要がある。


――Airgun本社 仮眠室――


 満は一人常夜灯の明かりに背を向けて横になる。


 深夜は孤独に残業と闘うサラリーマンの戦場。彼等が期待しているのは大切な家族やお客様の笑顔であって、残業代にではない。


 如何に先祖代々残業を繰り返してきて耐性を得たとて、彼等も際限なく身を砕ける訳ではない。その限界を引き伸ばす為、毎晩サラリーマンから当社へ深夜残業のお供をしてほしいとの依頼が大量に雪崩れ込んでくる。


 少し窓の外に目をやれば、エナジードリンクとAirgunを味方につけて奮闘する同士の明かりが見えるのだろうが、それらは星明かりの様に皆デスクトップの光に霞み、働く当人達をも吸い寄せる。


 彼等がエナジードリンクの缶とヤり始めるのを防ぐ為にも、満は間隔をあけて夜勤を続けていた。


 彼女が睡眠をとって一時間程が経過したところ。ブランド物に身を包み帰り支度を済ませた二人の女性が彼女を起こしに来た。


 姉のイェッテ・セイカと妹のカミラ・セイカ。彼女達は夜勤を専務とするチームに属し、へたばったサラリーマン達を激励している。


 帰る前に仮眠室へ寄って起こしてほしい――運良く独り占めした仮眠室で眠る満が見ている夢。イェッテは外部刺激を与えてその夢に介入する悪戯を試みた。しかし眠りが浅くなってきていたところに加わる刺激としてそれは些か強かった。


 ボヤけた視界でも分かる、咄嗟に自身から離れる手に、僅かに残る触られた感触、そしてイェッテのぎこちなさ。この女は懲りずにまたやったのかと、呆れ半分に起き上がる満。


 睡眠中の人の胸を揉んで一体どんな夢を見せたかったのか――イェッテは悪戯の思惑を人に明かさない為、妹のカミラでさえ彼女が何を考えてその悪戯を仕掛けているのか、頭を悩ませる事がある。


 セイカ姉妹は頼み通り満を目覚めさせた。後は彼女が一人で車椅子へと移るのを待つが、それは意地悪や悪戯ではなく、彼女自身が出来ると言ってのけたから。


イ「車椅子ごとひっくり返って左手骨折したらどうするつもりでいたんだっけ?」


満「確か入院して病院にお世話してもらえばいいよって言ってた」


イ「性処理は?」


満「――そ、それは……入院中ぐらい我慢出来るから――」


 都合良く記憶を濁らせた満。しかしイェッテによって当時の発言――真九がお見舞いに来てくれた時にあわよくばというもの――が掘り起こされた。満の恥ずかしさは彼女が事実を隠さなければ少量に留まったかもしれない。


 この話が出た事で先程の悪戯の意図を汲んだカミラも加わり、満が姉妹から問いただされたのは真九との交際関係について。


 最後にその話題が上ったのは満が交通事故に遭う前。恋愛話の酸いも甘いも、他人のものならお構い無しに貪るイェッテにしゃぶり尽くされていた。その後目立った恋愛話はなく、何も知らない妹を引き連れたイェッテは、再び愛の果実が熟れるのを遠巻きに見計らっていたのだった。


 ところが満はその果実が熟れる前に自ら切り落としたとして、浮かない表情を見せた。思いもよらぬ返事にセイカ姉妹の語気は一層熱を帯びる。


 別れ話を持ち掛けたのは満で、それも偉く一方的な終わらせ方だった。


満「真九はどんな私でも愛してくれるって言ってたし、私は事故が彼の気持ちを変えたなんて思ってないの」


イ「じゃあ何? まさかあなた、自信が無くなったから突き放したとでも言うの?」


 事故で気持ちが変わったのは満の方だった。それまでの二人は何処にでもいる恋人で苦楽を共にしていたが、彼女は後遺症が残ると知った瞬間から対等な関係を失った気持ちでいた。


 隣りで真九を支える筈が、よもや彼に世話をしてもらう立場になろうとは――事故は年に数回起きるかどうかという程安全な交通手段となった自動車。その誤作動に巻き込まれるかもしれないと車道を警戒するくらいなら、この国ではすれ違いざまに殴られるかもしれないと他人を警戒し、目が合わない様に俯きながら歩けと教わる。


満「――真九はもっと先を視てる。こんなところで立ち止まるような人じゃ無いの。でもこれからの彼を支えるのは、私には無理かなって……うん」


カ「必死に自分を納得させようとしてる。――私にはそう見える」


 カミラの言葉を満は否定しなかった。彼女自身それに気が付いていて、それでも納得するしか無いとの諦めにまで至っていたのだ。


 自らの愛する人に落ち度は無い。ただその足を引っ張ってしまう様な感覚に耐えられない。


イ「――女の気持ち一つ読み取れなくてなーにが共感覚よ。――あなたが本気でフってるかぐらい分かるでしょうに。ホント最低」


満「そ、それはほら、きっと分かるからこそ察してくれたんじゃないかって――」


 「あなた本気?」――イェッテは満の装いからその質問の答えを得た上で、敢えて聞いていた。


 イェッテは満に介助を拒否された経験から、彼女が何故外骨格ではなく車椅子なのかについて、この人は他人にやってもらうのが気に入らない性分で、外骨格を用いている時の自由とそうでない時の不自由との落差から生まれるストレスが耐えられないのだろうと思っていた。


 そして今その考えは変わった。彼女は満が満足に動かせない右半身を引き摺って時間をかけ車椅子に移る姿を、不運を利用した悪足掻きだと言い切った。

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