第33話

 この時玄凪はそれ以上思考を巡らせるのを辞めた。彼は死神と自身等が重なる事で、心の内に秘めた情熱が音を立てて消え失せていくのを恐れたからだ。


 森羅の生き様を受け継ぐのではなく教訓とするべきなのだと、彼は何度も自身に叩き込む。あの碑は物理的に登った社員を死へ誘うと同時に、この会社で森羅ほどの革新的な働きをしようかという者達へ、何百、何千という社員とその家族を巻き込もうとしている自覚はあるかという警告の為の、記念碑でもあった。


 その意図も今となっては社長を初め、ごく一部の社員しか知らない。ただ普通に勤めていては碑や死神の存在すら知り得ないのだから、伝えたい者に伝わればこの記念碑の考案者は満足なのだ。そう、今回の玄凪の様に。


 入社面接では世を変えなければとの意気込みを前面に押し出していた彼も、半年程で自身の立場を見直すに十分な経験をした。果たして今の彼の情熱は、入社当時と比べてどれ程燃え盛っているのか。


 趣味へ向けられるそれを計るのも一つの指標となるかもしれない。玄凪はいつもの店に一人で来店した。ミーたんの事件があった為、爆郎を誘う勇気が出なかった彼。そんな彼自身もまた、ミーたんへの罪悪感を拭い切れぬまま来店する形となった。


 既になーのんは先客の指名を受けて席に着いている。玄凪は出迎えてくれたメイドから迷わず指名して席へ。指名された回数が報酬に反映されるこの店において、歩合制の会社で働く彼の目を奪えるメイドなどそうそういない。


 メイドとの時間を楽しむ傍らで、玄凪は推しであるなーのんの人気ぶりが気になっていた。こうして店に来る事で彼女を下支えしている者の中には、つい先週までミーたんを推していたという客もいる。推しが突然この世を去ってしまい行き場を無くしかけた情熱の、新たな注ぎ先として選ばれたのはこの店では圧倒的になーのんだった。


 勿論これを機に他の店へと流れていった客もいる。寧ろなーのんへと推しを変えた人よりも、そちらの方が多いくらいだ。


メイドA「あー、なーのんね。ちょい前の新人。ホヤ最近の意で辞めた人のご主人様、なーのんにしたみたい。もうお姫様だよね(微笑」


 欲、嫉妬、煩わしさ――これら全てを圧し殺してメイドを務め上げられたからこそ、ミーたんは人気を博した。なーのんへと客が流れたのは彼女が表にそれらを出さないからだが、彼女の場合は圧し殺していた訳ではなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る