第32話

 マリンに言われるがままチャンネルを変えた彼は、求めていたニュースと相対する。


 その局は被害者の名前や発見時の状態、親族のコメント、被害者に対する近所の人の評判等、ありきたりな情報を持って「可哀想な犯行」と報じていた。


マ『――貴方の名前どころか会社名も出てこなかったわね。それで良いのよ』


 旅人には見えていない道をある時は標識として、またある時は灯籠として提案する。それに従うも従わないも旅人の自由。突如藪から現れた獣に旅人が襲われようとも、標識や灯籠に責任は無い。


 それらが責任を被る時があるとしたら、ついた嘘が旅人にバレて漸く五十パーセントだとマリンは言った。そしてこれは既に踏み固められた道を旅人が歩くとするならの話だと。


マ『――これ以上報道が過熱することは無いでしょうね。どのメディアも死神の件で懲りて、轍を踏みたいとは思ってない筈よ』


玄「……えっと、死神って何のことですか?」


マ『あら、園恵の件で落ち込んでたからてっきりもう知ってるのかと思ってたわ。悪いけど今日は説明してあげる暇がないから、次に出社したら屋上に行ってみなさい』


 『そこに死神の碑があるから』――台風が過ぎ去った翌日、死神の正体をその目で確かめる為玄凪は屋上へ足を運んでいた。


 塔屋の正面でぽつんと一つ待っていたのは、薄汚れた碑。それは落下防止の柵にスロープの様に隣接していて、滅入ってしまった社員を柵の向こうへ誘おうとしているかの様な、如何にも死神の碑といったものだった。


 死神と呼ばれた男の名は東 森羅。創立史上最も革新的で神に見放された男と評される彼は、ここの社員初の自殺者という不名誉も冠している。


 Airgunが創立されて間もない頃に入社して来た活発な青年――森羅について、後世に伝える資料は先輩達の私見が混じった見聞とこの碑のみ。故に彼は死神の存在を知る今の社員達から、数多くの客を死へと誘い込んだ悪人であると認知されていた。


 完成当初には純白だった碑もカビが根付き、死神の黒装束宛らに纏っている。


玄(会社で建てておきながら殆ど管理がされてない。こんな慰霊碑、後輩達からすれば晒し者同然だよ)


 碑文の中で玄凪が気に掛かったのは、革新的という言葉だった。碑に相対して初めて見えてきた、死神という、Airgunとは対極の二つ名が意味するところ。碑の設置場所や形状。


 『ほんっと、良く出来たビジネスよね』――飲みの席での英彦星の一言が彼の脳裏に過ぎった。


 ――もしかしたらこの人は、働く場所を間違ったのか。この人の革新的なやり方は客だけじゃなくて、社員も巻き込んでたのかもしれない。

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