第30話

 業種は違えど同じ社長としてこの国を牽引する両者。のし掛かる責任も人一倍のものだが、彼等は日々自らの人生を持って全うしている。


 百五十年もの年月を同様に紡いできた同志達と計画の重要性を思えば、たとえ計画への参加が成り行きだったとしても投げ出せる筈など無かった。


 その計画は本国のトップシークレット。今はこうして参与している二人も社長となるまで知らず、明かされた後も暫くは計画の長大さから実感を持てなかった。


 あまりにも社会の中で自然に実行されているそれは、まるで観賞魚を取り囲む人工環境のよう。観賞魚が自身を観賞用であると、まして人に飼われているなどと気付かない限り、彼等の中ではその箱庭こそ自然界であり全て。


 高度な思考力を持たない小魚であれば、水草の種類が増えようと石の配置が変わろうと、翌日には何事も無かったかの様に新しい環境を受け入れているだろう。尤も水槽という狭い世界から脱出する手段を持たない彼等には、環境の変化に慣れ、受け入れるより他に無いのだが。


 環境が変わってもお気に入りの居場所までそう簡単に変わるものではない。いつもの場所に違和感を感じたとしても、それは見える範囲の安全確認が済めば自己完結する些少なもの。


 ほぼ毎日人影があった自宅近くの建物陰に今日は誰もいない――逢はAirgunに依頼する決断をしてから事態が好転している事を体感していた。


 水平に差し出した鍵が回りきっていなかった鍵穴にぶつかった瞬間の違和感を、ただの勘違いで片付けてしまえるのは過去の自分に自信が無く、信じてやれないから。


 家の中に漂う僅かな臭い。何処からとも無く空気を伝い鼓膜を震わせる呼吸音。鼓動――違和感を勘違いで済ませた彼女に、その脳が発した危険信号が届くはずもなく。


 翌日、逢の兄が訪ねるとそこには肉情と悪逆の限りを尽くされた彼女の遺体があった。

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