第28話

 苦い経験を掘り起こして自省する事が出来る者は、それだけで尊敬に値する。人が過ちを繰り返してきた以上、全ての者にそれを実践する力がある訳では無いと言えるからだ。


 自身が猫舌である事が頭からすっぽ抜けていた龍五は、今日も淹れたての珈琲に火傷した。彼が最後に、舌先が焼け付いた様な不快感を伴わず珈琲を飲んだのは、もう半年以上前のこと。


龍「――で、どうだよ。上手くやってるか? 依頼主美人だったよな」


玄「そりゃあ一番人気だった事もあるメイドさんですからね。安心して生活を送ってもらいたいので頑張ってますよ」


 逢の言う事が本当に周知の事実であるかどうかで彼女へのアドバイスも変わってくる。その為先日の土曜日のメイド喫茶通いは彼女が語っていた事柄の裏付けも兼ねていた。


 玄凪と同じく彼女からアイドルを目指しているとの旨を聞いたというファンは、いつの日か店内の小さなステージから彼女が飛び立つ日を信じて、暇さえあれば応援に来ていると言った。


 歌っている曲の作詞作曲が彼女でなかろうとも、二人きりのデート姿が目撃されようとも。全てはステージの上で輝く推しの尊いがため――それは紛れもないファンの姿だった。


 推しが語ればそれはファンの事実にもなり、両者のみの世界では真実にさえなり得る。その世界に乗り遅れたファンが遅れ馳せて真実を知った時、これまで皆の事実だと思っていたものが実は自分だけのものだったという、取り残された気持ちが裏切りと表され、それが絶望となる瞬間など、最初から真実の世界にいる者に理解は難しい。


 爆郎を始めミーたんを推す人達にそれとなく聞き尋ねてきた玄凪は、逢の虚言癖を疑っていた。虚言には人それぞれ様々な理由があるが、彼女の場合は見栄が当てはまる。そうでなければ言霊を過度に信じているか、或いは余程の自信家という事だ。


 この土日もストーカーがいたと言う逢の言葉を半信半疑で聞き取る玄凪。依頼人の発言を逐一裏付けしていては埒が明かない。それは彼も承知していた。


 相手の発言を疑い剰えその真偽を調べ、もし偽だった場合――この「もし」という僅かな疑心は、後の全ての言葉にまで引き摺られる事になるので、それを避ける為に最初から依頼人へ百パーセントの信用を置いている。契約を終えるその時まで依頼人の心に寄り添う為に。

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