第27話

 園恵が利用している携帯の画面に、ゲーム以外が映る事は無くなった。充電されている携帯が熱を帯びるのは自明の理。その状態の携帯でゲームをする事が発熱に与える影響は扨置き、ゲームならば携帯を利用する上でそれが発熱している事を忘れさせてくれるのは確かだ。


 しかし一時的に忘れさせてくれるその魔法は、ふとした瞬間に解ける事がある。例えばそれは画面を操作した時。指に染み込んでくる熱の温度が一定以上まで上昇すれば、反射的な熱さの知覚は避けられない。


 園恵が自身の指へ息を吹きかけるこの僅かな合間に、画面ではゲーム途中の広告が流れる。その演出の中にキャラクターが食事を取るシーンが使われた。それは時間にして五秒にも満たないとても短いものだったが、あの映像と同じ、食事の場面でもある。


 一刻も早く不要な記憶として頭の中から追いやる為に、彼女はあの仕事の記憶が連想される物事を全て、自身の身の回りから排除しようとしていた。


 その中で唯一手付かずだったのが、彼女が依頼人から受け取った映像や手紙。


 嫌な記憶ほど長く頭に残るのは、それにも本能的な学びがあるから。嫌な記憶は楽な記憶よりも健康に直結する可能性が高く、以降の行動に際して少しでも重なる所があれば、その記憶が顔を覗かせ、それを踏まえた理性的な対処を要求される。


 楽な記憶の場合はゾーンの様になぞるだけで良い事が殆どだが、同様に嫌な記憶を対処していると、同じ失敗を繰り返すなどざらにある。


 園恵は依頼人から金銭以外に受け取った謝礼を片っ端から処分した。初めて貰ったあの動画さえも。それは反省から、というよりは忌まわしい記憶を二度と呼び覚まさない為の、排除の一環だった。


 若干痩せた彼女の頬を涙が伝う。携帯は冷え遣るどころか更に熱を蓄え、滴り落ちた涙を沸かさんばかりの高温となったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る