第26話

 反撃の瞬間は数分後かもしれないし、数年後かもしれない。一つ過程を誤っただけですれ違い、永遠に機を逸する事も有り得るだろう。


真「彼女が俺達を誘拐犯だと訴えるなら、俺は彼女の言動を名誉毀損だと言う。――ほら、持ち前の優秀さで真実を暴いてくれよ」


警官A「そ、それには署で話を――」


 そう言い掛けたところでもう一人の警官がくいっと袖を引き制止した。それは決着の合図となり、その警官が母親へこれ以上公然と相手を犯罪者扱いしないよう戒めて、真九達の免罪による逮捕という最悪の事態は回避された。


 予測不能な出来事に消費したカロリーを補うべく、その場を立ち去る二人。


 一種の当たり屋とも言えるこの手口で法の権化と子供の真心という、かつてない悪質な組み合わせが実現してしまった。その要因は一つではないが、過去の腐敗の本質を見誤ったまま改革を終えた気になって今日まで来てしまった警察も挙げられる。


 法の鎧を纏い法の武器を振り翳す彼等は、飽く迄その力を借りているに過ぎない。一度ひとたびそれらを脱げば忽ち法は背から面おもてへ周り来る。


 背にした時の万能感と面にした時の無力感の落差たるや、力を借りている本来の目的を見失うほど。


 そこにこの国の財政難が追い討ちを掛けて一部の警官は悪事に手を染めた。警官がこの手の詐取に一枚噛んでいる事は、まだ世間に知れていない。それというのもメディアが取材しない為、報じられる事が無いから。


 報道は人々の関心の表れ。関心が寄せられていればたとえ地の果てまでも追いかけて取材し、飽きられるまで繰り返し報じる。


 今、人々はこの詐取の手口と対策について非常に高い関心を持っている。いつ何処で、何をしたら、どの様な被害に遭ったのか。どうすれば防げるのか。又、仕掛ける事が出来るのか。


 その高い関心の中に仕掛け人の全貌は含まれていない。皆、自身の損を極力避ける事で頭が一杯なのだ。


 彼等の手口を画期的な副業だと称賛する者さえ現れる現代に於て、善悪とは法に触れるか否か。法にその判別の全てを委ねる彼等にとって、遵法が為されていれば如何にそれが悪徳であろうと許容され、僅か半歩、たった一度でも踏み外せば瞬く間に吊し上げられる。


 裁断は一握りの強者が放つ意見の火種から育った炎の大きさによる。匿名は虚勢の仮面。ネットでは弱者も気兼ねなく強者と入り混じって、その炎を育てられる。


 但しこの仮面にあるのは正体を隠す秘匿性であって、法の守護はおろか耐熱性さえ持たない。


園恵の母親「園恵ー、ここに置いたからねー」


 扉を開ければすぐそこにいる我が子。ご飯を届けようにも入室を拒まれてしまっては、様子を窺う事も儘ならない。取るに足りない二言三言が添えられて扉前に留まる時間が延びるのは、母親からすれば心配の表れだが子にとっては鬱陶しいもの。子がその時間を素直に受け取れる日は少し先となる。

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