第20話

 それは仕事人として理に適った考え方だった。


先輩『いいか? 今のお前みたいになっちまうのは良くある事なんだ。俺達は職業柄、客の背に立ち支えてやってるからな。なもんで、逆にそいつ等の背に引かれ奈落へ導かれるなんつぁ考えた事もねぇだろ』


 依頼が終われば客の進行方向には気を掛けない一方でその背中は追い続ける――自身等の精神的優位性を過信するあまり、依頼人との距離感を見誤った結果滑落に巻き込まれてしまう社員は多く、取り分け入社三年目までの社員に集中している。


先輩『――いつまでも見守らずに野へ放ってやれ。必要とあればまた客の方から来るんだからよ。まぁ尤も俺みてぇに背を見せるタイプの奴なら、ハナから来るもん拒まず去るもん追わずでやってっから、そうなる事もねぇけどな』


 その時英彦星は思い至った。働き手として正しいのは先輩の方で、自身の様な考えは甘く、異端なのだと。


 Airgunという会社が非営利組織ではないと分かっていても、心の何処かでは皆が自身と同じく危機感を抱き、似通った志しを握りしめて働いているのではと、当時の彼はそう思い込んでいた。


英「ほんっと、良く出来たビジネスよね。――一つだけ納得してないのは、口癖とは言え人の死を些細だと言い切られた事ね。今の私がいるのはそのおかげでもあるけど」


 徳利に入った酒の最後の一滴までが注がれ、そこで英彦星は呆然と自身を見つめる玄凪に、場の空気を察した。


 彼が玄凪を飲みへと誘ったのは他でもない、沈んだ心境にいるであろう玄凪を励ますため。そのつもりで選んだ話題が逆に士気を下げかねない事態となってしまった。


 こうなる事を想定してした英彦星は他の面々にも声を掛けた上で、この飲み会を企画した。参加を明言したのはマリンのみだったが、その彼女もまだ到着していない。


 二人きりという人数は英彦星にとって苦手な対面を作り出すが、マリンが来るという情報を得た玄凪には人数の少ない今の状況が好ましかった。


 この情報を得た玄凪の食事のペースが少しずつ上がってくる。ビールが漸くジョッキの半分まで減った所で、人生の先輩から主に色恋沙汰に関する忠告を受けた彼は、酔いでこの機会を棒に振るまいと自らを戒めた。


 これも一種の危機察知能力か、玄凪が浮ついたここで透かさず英彦星は話題転換を図る。余計な考えを口走ってしまっても、酒と恋心が明日までにそれを洗い流してくれると信じて。


英(こういう純粋な子が、世の中を照らしてくれたりするのよね……そうなんでしょ、先輩)


 やがて合流したマリンに促されるまま酒を呷った玄凪は、その事を翌日になってから後悔した。それでも、想いを寄せている女性が自身を励ます為に参加してくれたとあって、まさに夢の様なひと時だったと昨晩を噛み締めた。

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