第19話

 英彦星は西心から勧告された通りに行動するつもりでいる。彼はこの様な時は大抵後輩の意見を鵜呑みにし、手を引いてもらう事で普段の調子へと戻っていく。


 玄凪が会社にいたなら迷わず彼の元へ直行していただろう。玄凪がこの日再び会社へ顔を出す事はなかったが、後輩の勧告に従いここで明日へと持ち越さない行動をとるのが英彦星という男。


 よもやこのペースで飲みに誘われる訳ではあるまいと、一瞬過った憂いを即座に仕舞い込んだ玄凪は英彦星の誘いに乗り居酒屋へと来た。


 二回り程も歳の離れた先輩と一対一での飲みの席。玄凪の酒の減りは以前と別人であるかの様にゆっくりと。


 チームへ加入してからというもの、玄凪は研修の為園恵を見本とし、彼女の仕事にはほぼ全て同席した。依頼主との接し方、声を掛けるタイミング、依頼主が欲しているもの――園恵に同行して彼はそれらを自分らしさの上に積み上げていった。同じ仕事を共有する事で。


 間接的ではあれど携わった仕事の依頼人が死したという事実は、まだ仕事に対する理念さえ抽象的だった玄凪にとって度が過ぎた経験となった。救いがあるとすれば直接担った仕事ではなかったこと。


 上辺では園恵を気遣う玄凪だったが、彼に他者を案じている余裕などある筈もなく。自身よりも過酷な思いをした者がいるのだと自らに言い聞かせる事で、彼は辛うじて正気を保っていた。


玄「祖父の死に際を看取った事はありましたけど、それももう二十年くらい前の話なんですよ。だから……。まぁ慣れるしかないんでしょうけど」


英「――慣れる日なんて来ないわ。恐らく一生、ね」


 涸らしたお猪口に手酌で並々注ぎ、英彦星はこれまでの三十年を振り返る。


 英彦星が担当した依頼人から初めて死人が出た日。彼も同じ様に先輩から飲みに誘われた。


 彼の先輩はざっくばらんな人柄で、肩を落とす後輩の悩みを笑い飛ばす、Airgunの面接官なら迷わず採用する様な人だった。


 英彦星は悩みの全てを打ち明けた。己の未熟さ。命との向き合い方。熟した仕事の数が背負う命の数と同義だとするなら、この先仕事を続けていく自信が無いと。


 その日もいつも通りに、先輩は「些細な事だ」と言って笑った。自身等と依頼人は飽くまで従業員と客であり、それ以上でもそれ以下でも無く、サービスを提供したら、又受け取ったらそこまでの関係である、として。

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