第14話

 それは正解か不正解か――道徳が時間割から消えるよりも昔より、彼等は人種として正解を求め続けてきた。正しければ過つ事はなく、過つ者がいなければ平和が近づく。


 では「正しい」とは何か。この国の大半の者は小学生の内に答えを体験する。事あるごとに教師は生徒の立場を挙手で確認するが、それは教師からすれば生徒一人ひとりの立場を明確にした上で、互いに理解を深めてもらおうという目論みからくる行動だ。


 子供は大人の反応を良く観ている。どちらが真に賞賛されたのか、肯定されたのか。自分ではなく別の生徒が挙手した選択肢を、その生徒への賞賛と共に先生が嬉々として取り上げるのは何故か。常に正解を追い求める教育プログラムを継続してきた生徒達は、自分のした事が褒められたら正解でそれ以外は不正解、叱られたら禁忌。そう解釈する。


 この叱られた時の恐怖と、集団の中で少数派を選んでしまった時の威圧感が小さい頃に結び付いた結果、多数派でいれば褒められると誤認したまま育っていく。


 そう、彼等にとって「正しい」とは賞賛される多数派のことであり、相対的に「正しくない」とは非難される少数派を指す。何千人という人が集まってデモ活動をしようとも、それは参加していない人と比べれば圧倒的に少数派で、相手の立場を理解する事が出来ない者には唯の野蛮な集団に映る。


TVニュース『――続いては親子二人が死亡した火災事件について。警察は今日、現場の状況などからこの親子の自殺と断定し――……』


龍「はは。警察官様が優秀だった頃なら、凶悪犯罪犯した悪党やマフィアの物的証拠ばら撒いて犯人を捏造、そいつらの逮捕に漕ぎ着けてたかもな」


満「流石にそれは無い。それに今でも十分優秀でしょ」


 当国の警察の数十年に渡る黄金期を知る者は皆、口々に彼等を優秀と表現し、その優秀さを彼等自身も誇りに思ってきた。今でこそ黄金期は過ぎ去りその時ほど彼等の優秀さを頻繁に目にする事は無くなったが、過去の栄光とは甘美で捨て難いもの。その残像を追い求める若輩者の警官なら今でも時折、通勤ラッシュ時の公共交通機関で痴漢を逮捕する姿が目撃されている。


 警察の変化を、やった者勝ちの世が訪れたと捉える人もいた。現に痴漢の検挙数は黄金期から激減しているものの被害の実態は寧ろ増加傾向にある。これを受けて全ての公共交通機関は性別ごとの専用車両へと順次置き換わってきている。


 堅苦しくなった世界に人々の愚痴は止め処無く溢れ出るが、当国民はそうなってしまった原因が他でもない自分にもあるという事を、無責任と独我の彼方に学ばぬまま来てしまった。


 難しい話は大人になってから。いざ大人になったら見て覚えろ――答え合わせは得意なので教わる側は「すべき事」と「すべきでない事」を動作として覚える。教える側はこれで責任を果たした事になり、以降教わる事が出来た者は同様に動作を引き継いでいく。浮かんだ疑問は自分で考えろ、自分達もそうしたと言いながら。


 一人で答えを調べるなら解答があれば良かったのだが、全ての事柄に答えがある訳ではない。答え合わせばかりで考える事をせずに社会へ出てくる後続達は、やがて疑問を持つ事さえ無くなっていった。


 上から命令が下れば部下は基本的に逆らわずそれを遂行する。たとえその命令に納得出来なかったとしても。部下一人の意見で上層部の決定に水をさし、延いては会社の運営を左右してしまう、そんな戦犯じみた行為に及ぶくらいなら割り切って従うのが安全だ。彼等は常に、優れた指導者を待ち望んでいる。


西「どや? ぼんぼんの調子は」


社員A「いつもと変わらずって感じですかねー、令嬢と違って」


西「回を重ねるたび過激になんのほんま勘弁してほしいわ。その内絶対やらかすで」


 先輩からのフォローもあって玄凪は二度目以降の任務を何とか熟していた。チームで当たる依頼は七人全員が必要とされない限り彼に出番が回る事は無くなった。


 今の彼に回ってくる仕事は様々だが、何れはマリンの様に「この仕事といえば彼」と言われる程、明確な長所を見つけ磨き上げたいと奮起している。


西「――今年は大当たりの年や。これ確実に抑えんと次は無いってのを察しとるんかもな」


社員A「まあ観賞魚を一匹ダメにしちゃったくらいですからねー」


 玄凪の様に踏み留まる者がいる一方で、今年入社した社員の中には既に転部希望や退職願を出した者もいる。取り分け櫂無局には顕著に人員流出の傾向があり、毎年入社し配属される新人の内、半分が翌年まで残れば良い方だとされている。


 だが現実は年々櫂無局への配属希望者が減少している状態で、更にはサービスの需要自体も右肩下がり。Airgunへの就職希望者も減少し始めたこの時代に、即戦力として雇用され任務へ当たれる人材はとても貴重である。


 そんな社員は一人でも多く確保しておくに越した事は無い。社風や企業方針から食み出す程度なら後でどうとでもなるとして、会社側は毎年就職希望者を目利きしてきた。


 そうして迎え入れた人材を早々に潰してしまいかねない依頼配分に、西心は苛立ちを隠しきれずにいる。


 彼の言う大当たりの年とは、会社の命運を左右する可能性のある逸材が二人以上入社した年を指す。どの様にしてその者を逸材と判別するかは、面接官からの質問に対する受け答えが判断材料となっている。


 雇われた逸材は一つのチームに纏められるが、新人時代の熱が冷め切り退社していく者、冷め切らずとも風前の灯火となった情熱を守るのに精一杯な者等々、入社時からは見る影もなく会社に落ち込んでしまうのが彼等の行き着く先だ。


 新たな逸材がチームに入ってきた時、弱々しくなっていた先輩達の情熱も短期とはいえ復活する。新鮮なメンバーに心洗われて、何かの拍子に失ってしまったその新鮮さを思い出して、新たなメンバーまで二の舞にさせじと暗々に奮闘しては仕損じてきた。


 そして今年入社した逸材の一人も例に漏れず、大きな壁に突き当たっている。


 カーテンが引かれた薄暗い部屋で、正午を過ぎても寝巻きのまま布団に潜り園恵は携帯端末を弄る。主な目的はエゴサーチ。自身が熟した依頼に関して、またその依頼を担当した自分自身に対してどの様な評価が出回っているのか、調べずにはいられなかった。


『顔射の客死ってマ?』


『珍くないし。弱志しかいかんし』


『殺人ちゃうん? 警察何してん?』


『溜めて自死るとかw俺あ悪顔見たら殴るwww』


 ネットに広まっている意見の大勢を占めるのは、彼女ではなく依頼人達の方を突き放す声。それでも彼女は安堵する事など無かった。


 仕事上アドバイスを送ったりはしても最終的には客次第というのが、Airgun職員の間で線引きとして存在する。超えてしまえば余計に他者の人生への責任や重圧を背負う事となりかねない為だ。


 一線を越える頻度が高い園恵達のチームではそうなる確率が自ずと高くなる。客のその後の人生、客へ向けられた敵意、それら全てが我が事の様にのし掛かり、押し潰されてしまう。


 彼女も任務では一歩踏み込んだ発言をしていたが、その危険性を承知の上での行為だった。実際に経験しなければ分からない事はこの世にごまんとあるが、たった一度の経験で人生観が変わってしまう出来事もそこには紛れ込んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る