第7話

 二人はこの様な遣り口の教師によって教授された知識が生徒の身になるとは考えていない。取り分け玄凪が表した教育環境に対する拒絶反応は突出していた。


 大半の親は学校へ絶対的な信頼を置き、安心安全な場で学業の質も保証されていると思い込んでいるだろう。故に義務教育といえど、依頼主も疑い無く我が子を送り出している。その実、親の教育能力の著しい低下が招いた相対的他力本願であり、公共への過信だ。


 小学生の誰もが天舞驪と同じく周囲への違和感を察知出来る訳ではない。寧ろ全てを当たり前として受け入れさせられる環境は彼女の生活圏にも存在していて、それは彼女が産まれる時には既にあった。


 そんな彼女に転機が訪れたのは母親の死に面した2年前のこと。


天「話って何?」


園『うん、手舞驪ちゃんに聞きたいことが出来てね。お父さんとは仲良くやってるかなーって』


天「別に。ほとんど話さないし、特に何もないけど」


園『そっか〜。じゃあ学校に通うのが嫌だったりする?』


 明確に説明するまでは至らないものの、友人達と会う事がいつの間にか苦痛になっていたと手舞驪は話した。


 成績は学年トップであり、テストでは毎回百点を叩き出す優等生の彼女にも、妬み嫉みは付いて回る。同年代の中でも頭一つ抜けて思慮深い彼女は、苦手科目が当日の時間割りに組み込まれている程度で動じたりはない。続くプログラミングの授業への足取りも軽いものだ。


園「――もしかしたら残酷な感じになるかも(呟き」


玄「えっ、どういうことですか?」


 結論付けるにはまだ早いとしながらも、園恵は一般的な小学校上級生の心の成熟度合いより先を行く手舞驪の思考へ、現環境が与える負担、その過大さについて言及した。学業に対する努力を怠らず、学校へは二年前に纏まった休みがあって以降通い続けている。そんな彼女の気持ちに影を落とす一つの要因として園恵が睨んでいるのが、友人達との会話だ。


 他の生徒達が家を出るまでに休みたいと駄々を捏ね、登校してしまえば他愛無い会話で友人と笑い合う――そんなありふれた日常の延長として見るべきか。天舞驪へすべき対応としては友人達と会う苦痛の正体と程度を正確に突き止める事だとし、必要であればそれを解消するべきだと自らの推察を語る。


 そして仮に解消するとなった場合、友人等の反応と天舞驪の精神力次第では残酷な結果が待っている――躍動する同期の説明を苦痛の正体に目星が付いていると受け取り、玄凪の士気が俄然上がる。


園「――ま、そういう時に支えることが出来てなんぼってとこだからね〜」


 園恵は昼休みを目処に分析を進め、依頼主へ良い報告が出来るよう尽力を誓い気を引き締め直した。



      ―――――――――――――



 龍五がチーム内でバルコニーへの一番乗りに拘るのには理由があった。


 まだ幽かに夜気が残留する朝方は、東側の社屋で仕事をする人の増加やバルコニー自体の社交場としての需要で、最も職員が集まる時間帯となっていく。


 それでも出社すれば毎朝必ず定位置にいるメンバーの姿を見た時の感情は安心に該当するとして、チームは彼に感謝しているのだ。


 当然、毎日一番乗りとはいかない。チームで唯一夜勤をする満は、不定期で未明に仕事を入れる事がある。これを終えた足で仮眠室ではなくバルコニーへ行くのが決まった流れとなっていて、今朝もテーブルに突っ伏し寝ていた気配を見せる彼女に、残念がりながら龍五が合流する形となった。


 毎朝のルーティンを一つやり損なった龍五だったがこれが初めてではなかった為、頓狂な話題であろうとも自ら持ち込むなどして対応し、いつもと変わらない状態で過ごしていた。そこへ大振りのサンドイッチを手に英彦星とマリンがやって来る。


 Airgunには日替わりで様々な業種からの売り込みがあり、大抵の場合それは食事時にバルコニー前で行われる。中でも食品関連の物は活況を呈し、食品の売り込みに合わせて変則的な予定を組む者もいるほど。


 英彦星やマリンも食事はこの売り込みを当てにしている。英彦星は好奇心、マリンは自炊が嫌いという理由からだ。そしていつも遅れてくるあの気分屋も話の種に買う程度には関心を持っており、それは予約してあるので手に入れる為にルーティンを崩す必要が無い。


 本来なら話題の一角として、或いは主役級の優遇を受けていたであろうサンドイッチを前座に押しやって、今朝は満が熱中している海外ドラマを語らう。


 映像作品を漁るのが趣味の満は古今東西あらゆる作品を視聴している。車椅子生活となってその趣味に拍車が掛かってからは立て続けに作品を鑑賞するようになり、彼女は遂に家の掃除を専用のロボットに任せた。


 映像作品についてはチーム一いちの知識量を誇る彼女が恋愛ものデビューにおすすめした一作とあって、期待していた龍五は泥沼必至のオフィスラブを観る羽目となった事にやや不満げ。


 一方、当該ジャンルの作品を好み頻繁に視聴している英彦星はこれを見た感想として、夜勤のオフィスで無防備に仮眠を取る女性新人社員が寝取られる展開は目に見えていた、とした。放送開始から僅か数話での寝取り劇は、このドラマが彼の中で評価を上げる事を難しくしただろう。


 最新話の展開には流石の満も驚いたらしく、新人社員とその恋人がこれからどうなるのかの予想で頭の中は一杯のようだ。


 彼等はこのドラマが今後益々展開を早めていくと読み、来週の売り込み商品を賭けて予想合戦に出る。この手の予想にて百発百中を豪語する英彦星は、二人共別の異性と関係を持ち、今シーズン終盤か来シーズン序盤辺りで寄りを戻すと踏んだ。


 熱弁する英彦星とは対照的に龍五はあっさりとしている。その予想は女性新人社員と寝取り相手が駆け落ち先で幸せに暮らすというもの。彼は早くもこのドラマに見切りをつけようとしていた。


 皆に視聴を勧めた張本人は泥沼と見せかけた純愛ものという線を推していて、恋人である男が懐の深さを見せ、寝取り等数々の困難に打ち勝っていくストーリーなのではないかと言う。そんな彼女の中では、翌日に男が直前まで不倫していたベッドで恋人同士の二人が愛を確かめ合うという、想像の次話が出来上がりつつあった。


 最も痴情めいた予想を立てた英彦星。だが恋人の男だけを言えば満も負けていない。そして恋人の男に焦点を当て予想を立てたのは彼女だけではなかった。


 悠々と登場した真九はサンドイッチ片手に、男は恋人の女性を微塵も気にかけておらず、恋人という関係を利用し女性を弄んでいる、と推し測った。


真「来週以降を観ていればそのうち分かるだろ」


 終始無言だったマリンの退席が解散の合図となり、今日もチームの一日が始まる。

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