第5話

 マリンが同じチームであると知り、出会い方としてはあまり手応えを得られなかった事に玄凪は未練を覗かせる。


真「彼女の声が、無くしたAVの出演女優にでも似てたのか?」


玄「俺はAVは見ないですよ。――恩人が、この会社の人なんです。その人の声と平手さんの声が凄く似てた気がして……」


 真九の様に依頼主へ自己紹介をする者もいれば、所属会社以外の一切を伏せて任務に当たる者も。マリンは後者だが、依頼時の声のみを頼りに彼女を探り当てるのは至難のわざだ。


 恩人探しは追い追いにと自身を納得させ、玄凪は再び社内の巡回に戻っていった。


 太陽が最も暑く照り付けるお昼時には、仕事の手を止め、弁当や軽食を食べる者も増えてくる。だがそれ以上の社員達が外食という形で、平均一時間程を昼食に費やす。


 特に本社の近くにある飲食店は昼食ともなれば社員達で埋まり、ゆとりを持って英気を養う光景も珍しくはなくなった。


 チームは玄凪の加入を祝って、会社から少し離れたコース料理店へ。元々仕事が入っていた英彦星と、朝以外を滅多に共にしないマリン以外のメンバーで、運ばれてくる美食に舌鼓を打つ。


 マナーとはかけ離れていながらも誰より美味しそうに食すのは、決まって園恵だ。皿を持ち上げてスープを不体裁に飲み干し、音を立ててパスタを啜る。本場で食事をする事が無いと断言し、何故断言出来るかと問われれば未来の自分が過去の自分を裏切る筈がないと返す。これが園恵だ。


 そして園恵と相性が良い龍五も知ってか知らずか、彼女にお手本を見せると言ってマナーを逸脱するという往年の笑いを展開する。


 このゴタゴタ劇は格式の高い料理店に入る度見られるもので、袖から顔を出さず只管に鑑賞するか、或いは早急に演じ始めてしまえば飽きのこない寸劇へと昇華する。但し、常に冷静な共演者を確保しておかないと、客から冷たい視線を浴びせられるだけに留まらない場合も。


 そんな寸劇隊へ感謝の念を抱いている満。彼女の右半身には交通事故の影響で麻痺が残り、それが無音で食器を扱う事を困難にしていた。ただ、今更彼女が食器同士をぶつけてしまった所で、それは演者が一人袖から出てきただけのこと。


 彼女は自身が出るタイミングを承知している。例えばそう、羨望の眼差しが向けられたらその望みを叶えるべく、自身の分の料理を分け合う――この結果復活する園恵の笑顔は他の出演者をもほのぼのとさせるが、これが客席まで伝わる事は稀だ。何故なら客は皆、通俗から外れたこの舞台と出会してしまった不運に晒されているから。


 客は蚊帳の外なのだ。客のままでは決して立ち入れないその中は一つの幸福の空間となっていて、何故客がそこを気にするかと言えば退けられたからではなく、自分達より幸せそうだから。客は、自ら大きな蚊帳の中に入った事を、忘れたのかもしれない。


真「こういう店に来れば大体いつもこんな感じだ」


 食事は美味しく賑やかで満たされるものであるべきという真九の信条に、このチームでの食事は見事に当てはまる。それは今回も例外ではない。


 彼が今懸念しているのは、新たな仲間が店に入ってから一言も発していないこと。ここまで全ての料理を平らげている事から、懸念に留めたままいた。


龍「何だゲン、さっきから一言も喋ってないな。まさか店の雰囲気にやられたのか?」


園「あ、流石にチームの後輩に強請ったりしないから、安心して食べてね」


 この様に沈黙している人物が側にいれば、真九や満は放っていても彼等が捨て置かない。


玄「――いやえっと……初めてなんですよ、こんな高そうな外食に来るの。それでつい」


 人生初のコース料理に気圧されているという玄凪の言葉を疑う者はいない。真九は他の理由もある予感がしたが敢えて追求はしなかった。


 その後は吹っ切れた玄凪も話すようになり、寸劇にもより磨きが掛かって、新メンバー歓迎会は賑わいの内に幕を閉じた。


 昼休みは一時間というサラリーマン時代の感覚がまだ残っており、仕切りに腕時計を気にする玄凪を宥めながら、チームは午後の務めへと戻る。


 社内を一通り見て回った所で次の「会社での過ごし方」を検討している玄凪へ、園恵はここぞとばかりに先輩面で自身の見学を勧める。


満「何処でどんな仕事をどの様にするのか、イメージしておくに越した事は無いよ」


 午前の出来事が尾を引いた玄凪は決めかねる様子を見せ、それでも会社へ着く頃には首を縦に振り、園恵に同行した。


 彼が依頼を初見学する事になったのは翌朝で、その依頼は小学生の娘を心配した父親からのもの。


園「――後は依頼人さんと繋ぐだけだよ。ここをポチッと……おはようございますー、Airgun所属の山田です」


 応答したのは小学生の父親。胸ポケットの携帯を取り出し丁寧に自分を映して対応する。弁当の準備をしている最中のエプロン姿である事を一言詫びると、娘は今自身の部屋にいると知らせた。


 担当者が事前に客と打ち合わせをし、その情報を基に臨むのが園恵のやり方だ。当然娘の登校時間も把握しているが、それまではまだ三十分程時間がある。早々に合流した理由――それは今回サポートする相手が小学生だから。


 娘が学校で過ごす様子を見て一体何故辛そうにしているのかを暴いてほしいという内容に、親にすら相談出来ない程デリケートな何かがある可能性までを考慮し、園恵は予め依頼主の娘と友好な関係を築かんとすべく、時間を確保したのだった。


 至って早口な依頼主が捲し立てながら娘の部屋へと踏み入り、携帯を置いて嵐の様に過ぎ去っていくと、そこは急に訪れた静寂が助長する初対面同士の気不味い空間へと早変わり。


 流石の園恵も呆気を叩き出すまでにやや時間を要する。


園『……えーっと、初めまして天舞驪てまりちゃん。山田園恵っていいます。今日一日よろしくねー』


 部屋を入ってすぐの床へ無造作に置かれた携帯を無言で拾い上げると、天舞驪は再びベットへ横たわる。それから最小限の発声と文字数で、朝方の会話は控えていると明かした。


 園恵は理解を示した上で必要事項や同行の目的などを確認する。会話にクローズド・クエスチョンのみという制約が設けられるも、会話自体は邪険にされる事も無く、ただ終始浮かない顔で天舞驪は自身の携帯を弄っていた。


園『――お友達もラッキス見てるなら、今日は一段と盛り上がるんじゃない?』


天「……そんなに楽しくないよ。――行けば分かると思う」


 これが無感情に相槌を打っていた天舞驪の、温存した体力を惜しまず意見を言語化した唯一の返答だった。


 あっという間の三十分。差し当たって園恵は依頼主の娘と本依頼の担当者という関係から悪化しなかった事に安心する。


 用済みとなった父親の携帯をリビングにて返却し、台所の残り香からおかずを予想しつつ弁当を受け取ると、欠かさず仏壇に出発を告げてから玄関へ。この間も父親のマシンガントークが鳴りを潜めることは無い。


 家を出た娘の姿が見えなくなるまで、文字通り的外れな援護射撃は続けられた。

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