第37話 ヒラメの評価

「さて。ホシが絞られたわけですが、どうします?」

「ヒラメンティウスは、仲間に声をかけると言っていたのだ。今頃は、彼らと逃げる準備をしているのかもしれない。あるいは、武器を集めて、……」

 どちらにせよ、のんびりしている暇は無さそうでした。時間を与えれば与えるほど、向こうは準備を整えていくのに、こちらは、私が酔い潰れる可能性が上がっていく一方なのです(それ全部お前が悪いよね? という指摘はこの際無しでお願いします)そろそろ一杯やりたくなってきたのです。限界が近いのです。

「一刻も早く見つけなければ」

「大丈夫、私達には頼もしい警察犬がいます」

 トミエは、ハツコに向かって、ヒラメンティウスを追跡するよう命じました。けれども、この気まぐれな雌犬は、どういうわけか地面を嗅ぎ回るのに夢中で、一向に歩き出そうとしないのでした。

「ホワイ? ……言葉が通じる時と、そうでない時があるんですかね?」 

 犬心などわかるはずもないので、泣く泣く、勘を頼りに推理することにしました。

「うーん。ヒラメンティウスさんの行きそうな場所なんて、わからないですよ私」

「あくまで憶測だがね」

 と、前置きしてから語ります。

「あいつは、午前中から飲んだくれていたね。しかも、僕とウマが合うような男なのだ。筋金入りの遊び人に違いない。そういう男の考えることは、手に取るようにわかる」

「わかるんですか!?」

「酔いが回ったら、次は女が欲しくなるものだ。おそらく、どこかの娼館で遊んだあと、ようやく本来の用事を思い出したに違いない。きっとそのへんの色町で、躍起になって仲間に指示を飛ばしているはずさ」

「駄目人間の生態に詳しいですね……」

 自分だったらどう動くかを、当てはめているだけなのです。

 もっとも、この方法は大正解だったようで、繁華街に移動し、色町をうろついていると、ものの数分でヒラメンティウスと出くわしたのでした。

「ダザイさんか。あんた、よく俺の居場所がわかったな。その様子だと、もう気付いちまったようだね」

「ああ。君は、川端の間諜なんだね」

 ヒラメンティウスは、腰の鞘に手を置くと、うわっはっは、と笑い声を上げました。どこか開き直った笑いでした。

「予定では、もう少し騙せるはずだったんだがなあ。……そうか。探索系の魔法を使ったんだな? どのみち逃げ切れなかったという事だね」

 いや、あてずっぽうで……とは言えない雰囲気がありました。この男ときたら、既に死期を悟ったような顔をしているのです。

「ダザイさんほどの使い手なら、とっくに退路も封鎖してるんだろう」

 いいえ。まったく、これっぽっちもしていないのです。

 過大評価もいいところで、ひょっとしたらヒラメンティウスこそが私を一番高く買っているのかもしれません。ある意味、トミエ以上に信頼してくれている気がします。

「けどなあ、無抵抗で散るってのも癪だからな。精々、抵抗させてもらうとするよ」

 ヒラメンティウスは、腰の剣を引き抜くと、上段に構えました。きちんと剣を修めた者特有の、闘気のようなものが感じられました。もしかしたら、元は高名な騎士なのかもしれません。

「そういうことなら」

 私は、ゆっくりとトミエの後ろに隠れると、ゲイボルグを構えてもらいました。

「いや、何やってんだあんた。ここは俺と一騎打ちする流れだろう」

「だって、君はいかにも剣技に長けてそうじゃないか。どうせトミエの槍でつついたら即死なんだし、僕は隠れさせてもらうよ」

「男としてそれでいいのか」

「ほらほら、知ってることを話したまえ。どうして川端に手を貸すのかね。あの男は今、どこにいる?」

 納得がいかない、と言いたげに黙秘を続けていたヒラメンティウスでしたが、トミエが距離を縮めると、脂汗を流しながら白状しました。

「あの方は天才だ。魔王と呼ばれるのも理解できる。人間にこんな文章が書けるのかと、愕然としたのを覚えている。この世界はね、ああいう人間に管理されるべきなんだ」

「やはり小説につられたのか」

「それに、魔王様にはもう、時間が残されていない」

「どういう意味だね?」

 思考に空白が生じた瞬間を、ヒラメンティウスは見逃しませんでした。

 隙あり! と叫びながら飛び掛かってきたのですが、すかさずトミエが動き、脳天に槍を叩きつけた末、剣を叩き落としました。

 何もかも一瞬の出来事でした。

「ぐは……っ!」

 ヒラメンティウスは、胸をかきむしりながら倒れ込み、苦悶の表情を浮かべました。

「何か言い残したことあるかい」

「さ、最後に、魔王様の新作が読みたかった……」

 盛り上がっているところを申し訳ありませんが、とトミエが耳打ちをしてきます。

「おや。トミエが言うには、さっきのは峰打ちだったそうだよ。穂先は肌をかすめていないそうだから、君が苦しんでいるのは、思い込みによるものらしい。いい加減、立ち上がってくれないかね。野次馬の視線が気になるのだ」

「……」

 ヒラメンティウスを立たせると、両手を縛り上げ、役場へと連れて行きました。

 しかし、主に私の呼気のせいで、酔っ払い同士の喧嘩として処理されてしまったため、ヒラメンティウスは有罪を免れました。うちは今、スパイ探しで忙しいの。そういうのは当人同士で解決してくんないかな、と門前払いを食らったのです。

「だ、ダザイさん。あんたもしかして、これを見越して酒を飲んだのか?」

「……?」

「俺の死罪を回避するため、個人で逮捕した上で、役人には単なる酔っ払いとして認識させた。そうなんだろう?」

「……う、うむ。君は、僕の数少ない友人だからね」

 ヒラメンティウスは男泣きに泣いたあと、

「わかった、全部話すよ」

 と憑き物が取れたような顔を浮かべたのでした。

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