第34話 ギルティ

 夜半、トミエと一緒に宿で休んでいると、数人の兵士がやってきて、逮捕を言い渡されました。

「ダザイオサム、それとキャサリンだな。署まで来てもらおうか。……は? 私の名前はトミエ? おい新人! どこをどう間違えりゃトミエがキャサリンになるんだ! 悪いね、うちの新入りが妙なヘマをやらかしたみたいだ。ったく、報告書を書き換えなきゃなんねえじゃねえか」

「いや先輩、俺は間違えてないと思うんスよぉ……」

 なんでも、私の自殺未遂が大きな問題となっており、手配書が出ているそうなのです。

 ここは西洋人の町、キリスト教の町ですから、自殺は重い罪とされているのでした。

 また、トミエには自殺幇助の嫌疑がかけられているとも聞かされました。槍の持主であることが重く見られているらしく、泣きながら私にしがみついていたのもあって、心中未遂を疑われているようでした。

「ついてきな」

 私とトミエは、細い荒縄で胴を縛られ、町はずれの刑務所に連れて行かれました。

 魔法を使えば、そりゃあ、力づくで逃げ出すこともできたでしょうが、取り調べを受けている間は、ただでご飯を食べられると思うと、案外悪い話ではないと考え、黙ってついて行くことにしました。

 物価の高い町では、節約が肝要なのです。

 それに、罪人として扱われるのは、生前から何度かありましたから、驚くことはなく、かえってのびのびとする始末なのでした。

 対照的に、根が真面目なトミエは、死にそうな顔をしているのが見えます。お前に罪は無い。

 日頃のふてぶてしさを思い出して、きりのいいところで脱獄してくれるといいのですが。

「なんであんな真似したんだい」

 建物の中に入ると、個室に案内され、すぐさま取り調べが始まりました。

 異邦人の私は、あらゆる嫌疑をかけられているようです。

 ところが、途中から私がへんな咳を出すようになって、しかもハンケチで口を押えたら、赤い染みが付いていたものですから、同情めいた態度を取られるようになりました。

「血を吐いたのか。いかんよ、からだを丈夫にしなくては」

 実は、これは喀血なんかではなく、首のおできから出てきた血なのです。たまたま、それが指先に付着していたせいで、ハンケチを汚しただけなのですが、そこは伏せておいた方が有利に働くかもしれない、と狡い考えが浮かび、黙っておくことにしました。

「あんた、あの人魚とできてたんだろう」

 中年の取調官は、既に頭の中で出来上がっている物語を、私に重ねたがっているように見えました。きっとそのお話は、不潔でしみったれの、デカダン小説のような内容なのです。

 すばやくそれを察した私は、噴き出しそうになるのを堪えながら、頷きました。

「身分違いの恋。そうだな?」

「はい」

「人間と亜人じゃ、結婚できないもんな。だから死のうと思ったのか」

「はい」

「女が恋しいだろう」

「はい」

「初め、女と関係を持ったのは、どこだ」

 私はまだ、トミエには手を付けていないのですが、あえて話を合わせ、

「あの宿で結ばれました」

 と答えておきました。

「そうか。何でも正直に話したら、悪いようにはしない」

「ベッドの上に、無数の卵があったのです。てっきり食べ残しの筋子かと思ったのですが、トミエはにっこりと微笑み、その中に将来の跡継がいるかもしれませんよ、と」

「いや、やっぱりいい。人魚の交配など聞いた俺が馬鹿だった。うん、まあそんな結ばれ方をしたら、死にたくもなるわな。それにしても、産卵後に心中とは。鮭みたいな生態をしとるんだね、あんたらは」

 それから、拘置所のベッドで短い睡眠をとりました。

 朝が来ると、病気を理由に釈放されました。

 トミエはまだ絞られてるんだろうか、と塀の周りを歩き回っていると、花売りの少女が寄ってきて、

「生きなくてはなりません」

 と、思いつめた様子で花を渡してきました。

 また、通りがかりの婦人達が、私の手を握ったり、抱擁したりしては、名残惜しそうに去っていきました。

 聞くところによると、私とトミエの仲は、種族の違いがもたらした悲恋として広まっており、町中の女性が心を痛めているらしいのです。

 都会では、女の方が義侠心を持っているものです。心中もしてくれますし。

 反対に、男はケチくさい、見栄坊ばかりなのです。

 その後も続々と贈り物を頂き、なかには感極まって、ほとんど恋文に近い手紙を渡してくる娘もいました。

「悪い町じゃないのかもしれない」

 あの世もこの世も、女のひとは私に優しくしてくれるのです。

 私はもう、女しかいない国で暮らせばいいのかもしれない。

 そうやってくだらぬ考えに浸っていると、刑務所の門から、トミエが出てきました。見るからに不機嫌そうな顔でした。

「あのひと達、私と勇者様がどんな関係だったか、そればかり聞きたがるんですよ。猥談を引き出そうったって、そうはいかないんだから」

 女がはげしい事を口走っている時は、甘いものを手渡してやると、機嫌を直すのことを経験から知っていました(そんな雑な方法で機嫌を直してくれるのは、相手がお前だからだぞ、と何度も指摘されたのですが、そうなのでしょうか?)私はすぐさま、先ほど貰った菓子をトミエに与えてみたのですが、箱を開けると小さな手紙が出てきて、しかも「マリーから愛を込めて」などと書かれているため、大いに私の立場を悪くしました。

「What the f〇ck?(このクソは何ですか?)ただちに説明してください、勇者様」

 女性相手に墓穴を掘った時は、ひたすらお道化に徹するしかないことを、経験から知っていました。

 普通に謝るより、笑わせる方が、傷が浅く済むのです。

 幸い、私は滑稽小説もいくつか書いておりましたし、ユーモアがないわけではないと自負しております。

 白昼堂々、津軽民謡のビートに合わせて謝罪する勇者を、トミエは不思議そうな目で眺めておりました。これは別の意味でも勇者だと思います。

 最後は土下座するか、自殺を仄めかせばいいや、と腹をくくっていたのが功を奏したのか、トミエは声を上げて笑い出し、和らいだ顔を見せるのでした。

「やぁ、よく踊った。それじゃ僕は、先に宿に戻ってるよ」

「待ってください」

「何だね」

「取調官から聞いたんですけど、どうもこの町に、魔王軍のスパイが紛れ込んでるらしいんです。それもあって、不審者の取り締まりに力を入れてるみたいで」

「情報戦というやつだね」

「でも、このままじゃ駄目っぽくないですか? ここのひとたちってば、やる事がぬるいんですもん。いったいどんな拷問をされるのかと思いきや、助平そうなおじさんと世間話して、はい終わりですよ。これじゃ見つかるものも見つからないデース!」

 なので、私達でスパイを探し出してみませんか? とトミエは言います。

 私はどちらかというと、探される側の人生でしたから、特高の真似事なんて気が進まないのですが、トミエの目の輝き、勇者様ならば手伝ってくれるに違いないという確信を見ると、とても断るわけにもいかず、ずるずると従ってしまうのでした。

「まずはバアのマダムと、それから、勇者様に手紙を渡した、マリーとかいう女を調べましょう」

「スパイ探しにかこつけて、僕の女性関係を洗おうとしていないかい」

 そんなことないですよお、と笑ってくるのですが、この顔が一番恐ろしいのです。笑顔こそが凶器なのです。

「仮に、それも目的だとしたら……、勇者様は怒りますか?」

 怒るも何も、私を試しているのが見え見えでした。わざと困らせるようなことを言って、愛情を確認しているのです。

 こんな時の対処法は、予想を上回る甘言をぶつけるに限るのでした。

「でも、僕、うれしい、そんなに思っていてくれたこと」

「う、嬉しいんですか?」

「僕達二人は、いい恋人になろうね。死ぬときは、いっしょ、よ。連れていくよ。――お前に僕の子を産んでもらいたいなあ」

 本物の富栄に使ったのと、まったく同じ言い回しでなだめたところ、ころりと機嫌が直ったのでした。

 日常的にこんな言葉を吐いていた私は、それこそ逮捕されて当然の男なのですが、今は自分のことを全部棚に上げて、スパイ探しに専念することにします。

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