第33話 メロドラマ

 酔いが回ってくると、ヒラメンティウス達に酒を奢ったり、義太夫を口ずさんだり、毛筆でサインを書いたりして、たっぷりと遊び倒しました。

 しまいには、悪酔いを演じて机に突っ伏し、マダムの笑いを誘うという、お茶目まで披露したのでした。

 私だって、何もここまで羽目を外すつもりはなかったのですが、周りの者達が、祝勝会を開きたがっていたのです。遊び惚ける私を見たがっていたのです。

 トミエも、口では「もう飲まないでください」などと言っていますが、この娘は、本当は酔っぱらっている私が好きなのです。駄目な私が好きなのです。むしろ、私がしっかりとした男になって、トミエ無しで生活できるようになったら、かえって寂しがるに決まっているのです。私の世話を焼いている時の、あの嬉しそうな顔ときたら。

 ようするに、誰もしゃっきりした太宰治など見たくないのでした。

 私に求められているのは、堕落した姿なのです。

 思えば、私がお酒を飲む理由の半分は、それなのかもしれません。私は、人間が生まれつき備えているはずの、自由意志すら持ち合わせていないらしく、自分の人生を、まるで芝居小屋のように感じているのでした。そして、観客の望む演技を行わなかったら、舞台から引きずり降ろされるのではないか、とひそかに怯えているのでした。

 もちろん、内心の恐怖などおくびにも出さず、滑稽に振舞い、場を和ませるのを忘れません。

 努力の甲斐あって、私はたった一日でバアの人気者となったようでした。ダザイさん、ずっとこの町にいてくれよ、とヒラメンティウスが肩を組んできます。マダムも、毎日いらっしゃいよ、と笑いかけてきます。

「そうしたいのはやまやまなのだが、川端のやつがね」

「もうよしましょうよ。呂律が回らなくなってきてますよ」

「なあに、もう一杯いいだろう」

「……ちょっとだけですよ」

 トミエは、本当に手のかかるひとなんだから、と嬉しそうに口元を拭ってきます。

 私のお芝居は、無事、最前列の客を満足させたようです。

 そうして、さらに飲み続けること数時間、もはや何を飲み、何を歌ったかさえ定かではなくなった頃、そういえば飲食店というのは金を払う仕組みだったな、と一般常識を思い出し、お勘定を申し出ると、六万ゴールドも請求されました。

「払い切れないのだが」

 もしやぼったくりではないだろうね、とマダムを追い詰めると、ここは魔王軍との交戦地帯に近いため、物価が高騰しているとのことでした。

 戦時下特有の、ハイパーインフレなのです。

 そういう事情ならば、と受け入れてはみたものの、所持金が五千ゴールドしかないのでした。

 仕方ない、またトミエにニンジンを売ってきてもらおう、なんならすき焼きを販売してもいい、とべろんべろんに酔っぱらったまま頼み込むと、返って来たのはお説教でした。

「少しは生活力というものを身に着けてください。大体、……」

 お小言の弾は、一向に尽きる気配がないようで、ドカンドカン撃ち込んでくるのです。

 いったい、私が何をしたというんだ。飲み屋に入って、他人に求められているなんて言い訳を並べて飲みまくり(後半は飲みたくて飲んでました)、全財産の十二倍の料金を請求されただけじゃないか。

 ダザイさん、それ普通は刺されてる状況だよ、むしろトミエさんは寛大な方だよ、とヒラメンティウスが耳打ちしてくるのですが、そんなことは百も承知なのです。こうやって開き直っていれば、普段のトミエならば許してくれるのです。

「今日という今日は言わせてもらいますからね」

 けれども、トミエは日頃の鬱憤を吐き出す状態に移行したらしく、なかなか愚痴が止まらないのでした。

「どうやってお代を払うつもりなんですか。ツケですか。それとも質ですか。神槍ゲイボルグ、貰って六時間で質屋行きですか」

「ひどい、ひどいよ。そんなに言わなくたっていいじゃないか」

「いや、泣かないでくださいよ……十代の小娘に叱られて、ぽろぽろ涙を流すおじさんってどうなんですか。許したくなっちゃうじゃないですか」

 やはり、トミエは私に甘いのです。

 ほっと胸をなでおろしていると、

「トミエさん、言いすぎだよ。ダザイさんに男らしさを求めちゃいかんよ。多分このひと、トミエさんの十倍くらい乙女なんだから。性別が男なだけで、中身は傷つきやすい十三歳の少女と思った方がいいよ」

 ヒラメンティウスがとどめを刺してきました。

 気遣っているつもりなのでしょうが、トミエ以上に心を抉ってきたのです。

「僕をそんな風に思ってたのか!」

 ゲイボルグを片手に、店を飛び出しました。背後から、マダム達の声が聞こえます。

「ほら、トミエちゃん。追いかけてあげなきゃ駄目でしょ」

「……普通このシチュエーションって、男女逆じゃないですか……?」

「ダザイさん、泣いてたじゃないか。あのひとを守ってやれるのは、君だけなんだ」

「ここまで周囲から過保護にされる大人って、勇者様の他にいますかネー」

 実を言うと、感情的になって飛び出したふりをして、質屋に槍を売るつもりだったのですが、皆があまりにも問題児扱いするので、本当に悲しくなってしまい、死ぬ事にしました。 

 水でも首吊りでも死ねない私ですが、今は手元にゲイボルグがあります。トミエが言うには、これは何でも殺せる槍だそうです。

 では、絶対に死なない私に使うと、どうなるのでしょうか。

 矛盾なんて言葉があったな、と不思議な冷静さを保ちながら、首筋に穂先を当ててみます。

 本来、苦痛の多い死に方は断固拒否の私ですが、他に選択肢がないとなると、贅沢は言ってられないのです。

 すっ、と腕を引くと、頸動脈のあたりに熱が走り、足元に血の雫が垂れました。

 

【太宰治は即死無効のスキルを習得した!】

【太宰治は必中無効のスキルを習得した!】

【太宰治は防御無視無効のスキルを習得した!】


 またも、謎めいた声が響いたかと思うと、傷は見る間に塞がり、以前にも増してからだが軽くなったのでした。

 薄々気付いてはいたのですが、私は自殺未遂をするたび、強くなっていくようなのです。

「防御無視無効とはね。小学生男子の遊びじゃあるまいし」

 一人でぶつぶつ言っていると、追いついてきたトミエが、泣きじゃくりながら抱き着いてきました。

「血!? 血が出てるじゃないですか!? ごめんなさい、私が言い過ぎたんですよね、もうあんなこと言いませんから、だから、こんなのはこれっきりにしてください……っ」

 お金なら私が何とかしますから、と取り乱すトミエをよそに、私の関心は、首を切る際に見つけた、おできに向かっていました。

 やだなあ、これ、跡が残ったりしないだろうなあ、と指で弄っていると、ヒラメンティウス、それからバアのマダムも駆け寄ってきて、私と槍を見比べ、大変だ大変だと騒ぎ立て、支払いの件はうやむやとなったのでした。

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