第32話 レアドロップ

 目を凝らすと、先ほど魔物が立っていた場所に、棒切れが落ちているのが見えました。

 近寄ってみると、それは槍であることがわかります。よほどの業物らしく、柄も穂も黄金色に輝いており、直視するのもやっとなほどでした。

「売れば、ウイスキイ何本分になるんだろうね」

 かがみこんで持ち上げると、足元に万年筆が転がっているのを見つけました。こちらもまた、見事な装飾が施されていて、持ち主の身分をうかがわせる、贅沢な作りをしています。あのガーディアンとやらは、ひょっとすると地主の家に生まれたのかもしれません。

「ボスドロップでしょうか? レアアイテムだと思うんですけど、鑑定してみないことには、……」

「ステヱタス・オープンと呟けばいいのかい?」

 口にした瞬間、視界に二つの小窓が浮かび上がりました。

 それによると、槍の名は「神槍ゲイボルグ」というらしく、「筋力999上昇、即死効果、必中効果、防御無視」などと意味不明な記述が並んでいるのでした。

 ちょうど、パヴィナアル切れを起こした時の私が、こういった支離滅裂な文章を書いていた気がします。

 一方、ペンの名は「エターナル万年筆」といって、絶対にインク切れを起こさない、魔法の筆記用具とのことでした。

 二者選一の苦手な私ですが、今回はまったく迷わずに済みそうです。

「素晴らしいね。僕はペンを貰うから、槍の方はヒラメンティウスにくれてやろう」

 何考えてんですか、あれ絶対伝説の武器ですよ、槍を選んでください、とトミエがガックンガックン肩を揺さぶってきます。

 見かねたヒラメンティウスが、

「どっちもダザイさんの物でいいから」

 と申し出てきたため、どうにか事無きを得ました。

 まったく、トミエときたら、金品が関わると、途端に目の色が変わるのです。本当に欲深い。

 しかし、これまでの人生を思い返してみると、世の中の大体の女は、私より金銭感覚がしっかりしていたので、おそらくトミエの方が正しい選択をしているのだと思います。

 蓄財に関しては、自分が一番信用できないのですから、己の判断の逆を行けば、必ず財産が貯まるという、単純明快な理屈なのでした。

「僕が持っていても仕方ないから、その槍は君が使いたまえ」

「私がですか?」

「いつもの銛は、錆が目立ってきたようだからね」

 ゴブリンの頭蓋骨を貫いたり、森オーガにとどめを刺したり、シラクスの財務大臣を恫喝するために振り回したり(損害賠償はこれで防いだようです)と、ろくでもない使い方をしてきたので、錆まみれになってしまったのです。

 トミエの頑張りに報いるためにも、そのうち新調してやろうかと思っていたので、ありがたい拾いものでした。

「ありがとうございます。捗るなあ。勇者様にへんな女の子が近付いてきたら、これで……ちょっと、泣かないでくださいヨー! 陽気なマアメイドジョークに決まってるじゃないですかぁ」

 目が、笑ってないのです。

 静子しずこの出産が発覚した時の、富栄みたいな顔をしているのです。

 私は、なるべくトミエの顔を見ないようにしながら、階段を駆け上がりました。暗闇から逃げたかったのです。トミエから逃げたかったのです。あるいは、自分の責任から逃げたかったのかもしれません。

 最後の段を上り終えると、懐かしい、地上の光が待ち受けていました。

 少し遅れて、ヒラメンティウス達が追いついて来ます。

「お疲れ様、あそこが出口だ。いやあ、ダザイさんがいて助かったよ。言動はへんだけど、とにかく強いからね。それじゃ、ここを出たら一杯やろう」

 約束のライム酒。

 その味を考えるだけで、足取りは軽く、言葉は饒舌になっていくのでした。

 私達は、ダンジョンからそう離れていない位置にある小村、ネオマイヅルに向かいました(元は別の地名だったそうなのですが、このあたりは川端の領土と近いため、改名させられた土地が多いらしいのです。最低のネヱミングセンスです)やたら風車が目に付く、閑静な住宅地で、建物は全て洋風、住民は全員が欧米人といった有様で、どこにも舞鶴市の要素がありませんでした。

 しかも、宿の名前がガストハウス表記ときていますから、元はドイツ風の村だったことが疑われます。

 住民に尋ねてみると、そんなことはない、ここは最初から京都だった、と必死に否定してくるのですが、引きつった顔で「グーテンタークでありんす」と挨拶してくるのを見ると、やっぱり付け焼刃の京都で上塗りしたドイツじゃないか、と思わずにはいられないのでした。

 けれども、見て見ぬふりをする優しさが私にもありました。

 きっと川端に歯向かうと、後々面倒なことになるのでしょう。自由な命名など、許されないのでしょう。

 検閲の恐ろしさは、私だって知っています。時には、逆らえないことだってあるのです。 

 戦後は、私だって伏字を使うはめになったのですから。

 ××××鬼、××××鬼。

「俺はこの店が一番好きでね。マダムは綺麗だし、酒も美味い。言うことなしさ」

 ヒラメンティウスに案内され、赤い屋根のガストハウスに入ると、ライム酒で乾杯を行ないました。

 天にも昇る味でした。

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