第31話 このごろのステヱタス

 しばらくの間、うずくまってべそべそと泣いていたのですが、トミエ達は服を絞るのに忙しく、私をかまってくれないのがわかったので、ハツコに火を吹かせることにしました。

 暖を取ったところで、改めて心配してもらおうと思ったのです。

「勇者様は気が利きますネー!」

「こいつは暖かい。助かるよダザイさん」

 全員の服が乾くと、すぐさま探索が再開されました(これは探索ではなく遭難ではないか、と思わなくもないのですが、それを一言でも口に出してしまうと、あまりにも悲惨なので、空元気を振りまいているのです)。誰も、私の入水を気にかけてはくれませんでした。

「君は近頃、僕に対して雑な態度を取りすぎている」

「だって、勇者様のステータスを見る限り、何をやっても死にそうにないんですもの」

 トミエは、ステータス・オープンと呟くと、れいの小窓を表示させました。

「昨日、寝る前にチェックしたんです。凄い成長率ですよ」


【名 前】 太宰治(津島修治)

【性 別】 男

【年 齢】 39

【職 業】 召喚勇者 小説家

【体 力】 1948

【魔 力】 1948

【筋 力】 613

【耐 久】 613

【敏 捷】 613

【魔 攻】 1948

【魔 耐】 1948

【スキル】 水属性魔法LV99 薬物耐性LV99 川端康成特攻LV99 水中呼吸LV99 気道確保LV99 愛犬家LV1


「以前より数字が増えたように感じるのだが。まさかこれは、体内にいる結核菌の数が表示されてるんじゃないだろうね」

「菌って何ですか? 魔物を倒したおかげで、レベルアップしてるんですよ」

 西洋人なのに、西洋医学を知らないのです。

 トミエの育った環境、貧困を思うと、こみ上げるものがありました。

「ところで、ここには愛犬家などと書かれているが、僕は今でも犬きらいを自負している」

「はいはい」

 トミエは、そういうことにしておきます、と愉快そうな顔をするのでした。

「私、知ってるんですよ。夜な夜なハツコのノミ取りをしてあげてるって」

 からかいと親しみがない交ぜになった、馴れ馴れしい笑顔でした。貴方の心なんて全部お見通しなんだから、とでも言いたげです。

 私の経験によれば、女がこういう顔を見せるのは、心底惚れ込んでいる相手に限られており、いよいよトミエも本気になってきた、と震え上がりました。

 私は、トミエを口説き落とすつもりなどなかったのです。

 甘えていただけなのです。

 なのに、私にまとわりついている、あのいまわしい雰囲気が(いわゆる女達者の匂いと呼ばれるものです)無意識のうちに誘惑してしまったのでした。

 冷静な目で見ると、私はただ、トミエに介護されているだけなのですが、それでも好かれてしまうのとなれば、もはや呪いの一種と言えます。

 自分に酔っているとか、自虐に見せかけて自慢しているとか、そんな風に受け取られそうですが、本当に困っているのです。何せ、私の死因は、男女関係のもつれなのですから。

「へえ。それがダザイさんのステータスかい」

 いつも通り塞ぎ込んでいると、ヒラメンティウスとその仲間達が、何気ない調子で小窓を覗き込んできました。

「え……っ。これ、かなり強いんじゃないか。いやかなりなんてもんじゃない。魔王並みだぞ」

「えぐいなあ。こんだけ体力あったら絶対死なないじゃん」

「なんていうか、スキルも生存特化だよね」

「この川端康成特攻って何?」

 なぜか、トミエが得意そうにしているのでした。

「ベリーストロングでしょう? 何を隠そう、勇者様は選ばれし英雄、転生者なのデース!」

「はー……じゃあ、その勇者様って呼び方、ガチだったのか。俺はてっきり、君は飲み屋のお姉ちゃんで、営業トークで勇者呼びしてあげてるのかと思ってたよ。商人の客には『シャチョーさん、安いヨ』。冒険者の客には『勇者様、美味しいお酒あるヨ』が彼女らの口癖だからさ」

 どうもヒラメンティウスは、私とトミエの関係を、「飲んだくれとバアの女給」と思い込んでいたようでした。

 あからさまな失言でした。

 案の定、機嫌を損ねたトミエを皆でなだめすかしながら、川べりを歩き続けます。

 そうこうしているうちに、階段らしきものが見えてきました。

「助かった。地上に戻れるようだぞ」

 ヒラメンティウスを先頭に、列をなして上を目指します。 

 私は最後尾で、新作の構想を書き留めながら登ることにしました。トミエの日記を取り出し、気になった箇所に順次書き込みを加えていきます。

 途中、野盗の群れが出現したり、ドラゴンが飛んで来たり、ベルゼバブだのデミゴッドだの訳の分からぬ魑魅魍魎も現れたようですが、大体はハツコが噛み殺してくれたようでした。

 わずかな討ち漏らしは、トミエが銛で刺し殺しているらしく、時々、猟奇的な音が聞こえてきます。

「誰が商売女デスかー!?」

 どうやら、魔物に八つ当たりをしているようでした。

「さっきからずっと、ラストダンジョン並みの激戦を繰り広げてるんだが、ダザイさんは気にならないのか?」

「死ぬのも怪我をするのも怖くない。僕が何よりも恐れているのは、せっかく浮かんだ文章を忘れてしまう事なのだ。いかん、さっさと書き込まなければ」

「な……っ」

 私は、焼夷弾の降る町で、執筆に専念していた人間なのです。一度作品作りに入り込んでしまえば、命などどうでもよくなってしまうのでした。

「トミエの文体がね、非常に興味深いのだよ。少女らしさの中に、魚らしさも混じっていて、まったく新しい風を感じる。これを小説として整えると、面白いことになるだろう。いやあ、見入ってしまうな」

「タチサレ……ニンゲン、タチサレ……」

「頼むから前を向いて歩いてくれ、見るからにやばそうなガーディアンが出た! 頭が四つ、腕が八本、持ってる武器は全て伝説級!」

「ふむ。そいつに羽は生えているのかね」

「いや……ない!」

「なら、落とせばいいのだ。都合のいいことに、ここは階段の上なのだからね」

 あんまりヒラメンティウスが騒ぐものですから、手伝ってやることにしました。

 ちらりと顔を上げ、水魔法を唱えます。

「玉川上水」

 足元を撃たれた魔物は、真っ逆さまに転落していきました。

「あとは、下の段を破壊すればいいのだ。七里ヶ浜。七里ヶ浜。七里ヶ浜。うむ、これで登っては来れまい」

「なんと……」

 あっさりと撃退できたのでした。

「あれ? あのガーディアン、何か落としていったみたいですよ」

 トミエの言葉に、一行の足が止まります。

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