第27話 水に流してしまえ

 私は、ユダヒデが死にたがっているのに気付きました。

 きっとこのコボルトは、王が処刑されたのを確認すると、泣きながら詫びて、首をくくるのです。

 王を憎みながら、同時に誰よりも敬愛している。そのような心理は、私にも心当たりがあります。あれは、とてもつらい。それこそ、死んだ方がましだと思えるくらいに。

 ユダヒデはみすぼらしい小屋の前に立つと、コンコンと扉を叩きました。

「誰だ」

「おれだ。おれおれ」

「光鳩回線なら間に合ってますので……」

「違う! 勧誘じゃない! ユダヒデだ!」

「入れ」

 中を覗き込むと、四方を護衛に囲まれて、ジャチ王が座り込んでおりました。たった一晩で十も老けたように見えます。

「貴様! 謀ったな」

 兵士達は、私の姿を認めると、一斉に腰の剣を抜きました。しかし、力の差を知ってか、既に諦めの色が表れています。

 一方、王の視線は、ユダヒデの顔に注がれていました。

「そうか。おまえは、わしを売ろうというのだな。こんなことになるなら、ポチに改名しておけばよかったのだ」

「名前で防げる問題ではないのです」

 ユダヒデは、我を忘れて罵倒を繰り返します。

「あんたはこの世の仇だ、縛り首にされちまえばいいんだ。この野郎」

 飼い犬に手を嚙まれるとは、まさにこのことでした。観念した王は、首を垂れて投降します。両手は、ユダヒデによってただちに縛られました。

 名家の人間が、牢人の身なりで引き回される。

 これほどの恥、親不孝はないと思われました。他人事だからわかるのですが、なるほど、これはみっともない。どうりで私が逮捕されそうになるたび、長兄が飛んで来たわけです。地主の力を存分に発揮して、愚弟を保護した気持が今なら理解できます。あれは私が可愛かったからではなく、お家を守るためだったのです。一族から犯罪者を出して、津島の名を汚したくなかったのです。事実、こいつもう庇いきれねえや、と見切りをつけて、除籍してきた時期もありましたし。ええ、泣いてませんとも。

 私は、目元を拭いながら王を引っ張り、広場へと向かいました。少し距離を取って、ユダヒデが追いかけてくるのが見えます。

 市民は、浮かれ顔で私を迎えました。

「大手柄ですな」

「勇者様がまたやってくれたぞぉ!」

 口々に賞賛の言葉が上がり、女達は食べ物や花を渡してきました。なかには、ほとんどしなだれかかってくる者もいたのですが、こんな時に限ってトミエと出くわすのです。

「どこに行ったかと思えば」

 怒るねえ、柳眉逆立つというやつだね、と世辞を並べてごまかしていると、市民達が私を取り囲み、王の身柄を引き渡すよう迫ってきました。

「お金ならここに」

 一人の男が、布袋を抱えて近付いてきます。音で、金貨がたっぷり詰まっているのがわかりました。

 中身を確かめてみると、一〇〇と刻印された金貨が、ちょうど百枚入っていました。

「一万ゴールドあるようだね」

 王と、金貨。

 取引が成立すると、中身を半分取り出して、ユダヒデに渡しました。残りの半分は、トミエに渡します。

「いいんですか?」

「僕が持ってたら、飲み代に使ってしまうからね。君が管理してくれないか」

 私も私を信用していないので、こうするしかないのでした。

 さて、これで金銭問題は一件落着、あとはいつでも旅に出られる、となったわけですが、まだやり残したことがありました。

 このまま放っておけば、ジャチ王は磔にされてしまいますし、ユダヒデは後を追って自害しかねません。

 また、王は紛れもなく暴君でしたが、国で一番の頭脳であることには変わらず、替えの利かない人材なのです。

「水に流すしかないね。物理的に」

 金貨を握りしめ、呆然と立ち尽くすユダヒデに声をかけます。

「君、泳ぎは得意かね」

「へっ? 犬かき、犬クロール、犬バタフライ、何でも一通りできますが」

「犬クロールなんて泳法があるのかい。まあ、泳ぎ方なんて何でもいいのだ。ところで、ここから先は僕の独り言なのだがね」

「はあ」

 私は、ユダヒデにのみ聞こえる大きさで言います。

「町のすぐ傍に、大きな川があるだろう。今夜、あれが氾濫する。何者かが大量の水を注ぎ込むせいだ。きっと強力な水魔法を使うのだろうが、いったい誰の仕業なんだろうね」

「犯行予告じゃないですか」

「シラクス市民は大騒ぎに違いない。ひょっとしたら、騒ぎに紛れて、王を逃がすことができるかもしれない。そして、指導者を失って右往左往しているところに、王がリーダーシップを見せつければ、水の被害を最小限に抑えられるだろう。また、王を献身的に支えた者は、生涯にわたって感謝されるだろう。都合のいいことに、王を活躍させるための軍資金、五千ゴールドを君は持っている」

 ユダヒデは、怪訝そうな顔で尋ねます。

「どうしてそこまで気をまわしてくださるんですか」

「僕にもわかるのだ。兄として、父として慕っている人物をきらうのは、とても苦しいことだ。わだかまりなんて、さっさと消してしまうといい」

「旦那も、似たような経験がお有りなんですね?」

 小さく首肯すると、トミエとハツコを連れて、シラクスを出ました。

「嫌になるね。今夜は寝ずの作業だよ。川の上流って、あの辺でいいのかな」

「勇者様……」

 トミエは気遣うような顔で見つめてきます。

「何だい、いつにも増して目が潤んでるようだが」

「勇者様が、魔王カワバタをそんな風に思ってるとは知りませんでした……」

 ぎょっとして足を止めます。

「君は何を言ってるのかね」

「だって。兄として、父として慕っている人物をきらうのは、苦しいって言ってたから」

「あれは文治ぶんじさんのことだ!」

「ブンジ?」

「一番上の兄さ。僕は、早くに父を亡くしていてね。以来、長兄が父親役も兼ねるようになったのだが、不肖の弟だったもので、関係がこじれた時期があったのだ。さっきのは、その時の体験を語ったんだよ」

「そうなんですか? 私てっきり、勇者でありながら、魔王に複雑な感情を抱いてるのかとばかり」

「そんなわけないだろう」

 笑い飛ばしてやりました。

「僕は川端がきらいなんだ。きらいなんだよ。決まってるじゃないか」

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