第24話 献身

 領地経営が上手くいっていないのか、はたまた執筆活動に行き詰っているのか。そのどちらであろうと、私の助けが要るとは思えず、不可解であるのは変わりませんでした。

「なんだろう。鶏肉料理でも教えてほしいのだろうか」

 そんなはずがない。あいつと私は、食の好みが全然逆じゃないか、と頭を振っていると、にわかに周囲が騒がしくなりました。

 どうやら市民達は、王を探しているようなのです。運のいいことに、あの王は人々の目が届かない場所に飛ばされたらしく、縄目の恥辱を逃れているのでした。

「探せ。探し出して、ジャチ王を殺せ」

 誰かの言葉で、市民の目に暗い光が宿ります。

 興奮は瞬く間に広がり、王を処刑しろという声がひっきりなしに上がるようになりました。

 私は、あの王を名君とは思いません。むしろ限りなく暗君に近い人物ですが、それは人間から見た話であって、亜人から見るとまったく別の評価が下されるかもしれません。

 少なくとも、コボルト兵にとっては良き主君だったのです。

「行こう。ここから先は、市民が決めることだ」

 トミエに声をかけ、この場を離れるよう促します。左翼革命の成功は喜ばしいことだと思うのですが、ギロチン台を眺めて喜ぶような趣味はありません。フランスかぶれの私でも、さすがにそれは御免なのです。

「僕は疲れた」

「はいはい。今、宿を手配しますから。お酒もあった方いいんですよね?」

「すまないね。お金は……」

「いいんですよ、お金なんて」

 トミエは、喜んで駆け出します。用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる事ではありません。むしろ、かえって喜ばせる事だということを、私はちゃんと知っているのでした。

 それ普通の男だったらビンタされてるよ、と色々なひとに驚かれるのですが、私が思うに、世の普通の男は語調が強すぎるのです。頼み方が傲慢なのです。私のように、いつも何かに怯えているか、へんな冗談を言っているか、あるいは自殺未遂をしているかという、弱さと愛嬌しか持っていない男ならば、女は甲斐甲斐しく尽くしてくれるのです。これは私の推測ですが、女から見た私は、小動物や赤ん坊と同じカテゴリイに入っているのです。「もう、このひとだったらしょうがない。冷たくしたら本当に死ぬし」と達観してもらうことで、ありとあらゆる雑事を引き受けてもらえるのです。

 一七五センチに育った末っ子は、死を仄めかすことでやっと甘やかしてもらえるのです。まったく、私の気質ならばもっと小柄な体に生まれていればよかったのだ、と自分の上背が嫌になります。

 上背といえば、川端の可愛がっていた小僧は元気だろうか、と懐かしい顔を思い出しました。私は小さくなりたがっていたのですが、あの小僧は大きくなりたがっていました。一六〇センチ少々の背丈しかないのに、屈強な男に憧れていたようで、苦笑したのを覚えています。文章の筋は良かったので、作家としては大きく育つのかもしれません。でも、面と向かって私の作品がきらいだと言ってきたので、あまり好きになれませんし、あんなのを贔屓する川端の気が知れねえや、と首を傾げていると、トミエが戻ってきました。

「見えます? ほら、あの赤い屋根のホテル。ただで泊めてくれるみたいですよ」

「豪気だね」

「戦勝祝いだそうです。ビールもたくさん出してくれるそうですよ」

「あとは紙だね。そろそろ新作に取り掛かりたいのだ」

「新作ですか……」

 トミエは、もじもじと両手をすり合わせながら、気恥ずかしそうに言いました。銛にぶら下げていた袋から、紙の束が取り出されます。

「実は、勇者様にこれを渡したくて」

「なんだ、もう用意してたのか。君は仕事が早いね。今度からスタコラさっちゃんを名乗るといい」

 助かるよ、と上機嫌で受け取ると、既に文字が書き込まれているのに気付きました。

「中古の紙かい? 裏に書くしかないね」

「それ、私の日記なんです」

 ちょっと重かったですかね、とトミエは頬を染めます。

「わ、私もう、駄目なんです。勇者様、ただ酔っぱらってるだけなのに女の子が寄ってきて……その上、暴君ジャチまで成敗しちゃったんですから、余計モテるようになるに決まってるんです。……私を使ってください。私を、作品にしてください。そうすれば、勇者様にとって一番必要な女の子が誰なのか、思い知るはずなんデース!」

「ふむ、ふむ。よく書けてるね。ようし。この日記を参考に、さっそく新作を書いてみよう。きっと素晴らしい作品になるよ」

「全然取り乱さないんですね……? 私、とてつもなく重いムーヴしてるはずなんですけど」

「よくあることだからね」

 思いつめた女性読者が、日記や手紙を送り付けてくるというのは、何度か経験のあることでした。

 私を好きになった女は、最終的に、私の作品になりたがるのです。

 自分自身をついばみ、それでも材料が足りないとわかると、女性が身を捧げる。私の小説は、私の生きざまそのものと言えるかもしれません。

「立ち話もなんだし、宿に行こうじゃないか」

 トミエは、まだ何か言いたそうにしていましたが、得意のはにかんだ笑顔で誘うと、渋々といった様子でついてきました。

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