第23話 スポオツマン
「す、凄い……!」
トミエはポカンと口を開け、呆気にとられたような顔をしていました。
「高速で茶番を繰り返しながら、互いの急所を外し、的確にお城を壊してる。こんなハイレベルな談合、初めて見ましたネー!」
神聖な決闘に水を差すのはやめたまえ、と注意しておきます。
失礼、私の連れがとんだ失礼を。
目で謝ると、川端は微笑で応えました。
トミエの指摘通り、私とこの男は、途中から息の合った連携を見せるようになっていました。攻撃を繰り出すと見せかけて、王の所有物を叩きのめしていったのです。無論、何もかもがらくたにして誤魔化したいという目的もあったのですが、あちこちにコカトリスの卵を見つけたのが大きかったと思います。私が水魔法を撃ち込むと、川端はひらりと身をかわし、背後にあった卵が割れるといった調子で、市民に害をなす凶器を、一つ残らず取り除いたのでした。
途中、何度か互いの足を踏んづけ合ったのはご愛敬として(川端も二回踏んできたのです。確実にわざとです)、私達が同じ目的を持っているのは明白でした。
つまり、私も川端も、何よりも市民の安全を願っているのです。それでいて、選んだ手段が真逆なのです。私は勇者として、中から社会を変える。川端は魔王として、外から社会を変える。
内側に潜る私と、魔界に潜る川端。
それはなんだか、双方の作風を象徴しているかのようであり、やはりこの男とはそりが合わない、そう確信すると同時に、深い敬意を覚えるのでした。
「貴方が味方だったなら、どんなに頼もしかっただろう」
「私も同じことを考えている」
だから迎えに来たのです、と川端は言い、腕を振りかぶりました。野球の投手のような構えでした。よく見ると、川端の手には瓦礫が握られていました。
学生時代の、いやな思い出が蘇ってきました。
私はどうも、スポオツというものに熱狂できない性質らしいのです。田舎の生まれですから、野球を初めて見たのは中学に上がってからのことでした。本によって得た知識で、満塁とかセンタアとか、そういった単語を知ってはいたのですが、いざ実物を見ても、何の感慨も湧いてこなかったと記憶しています。
ところが、私の通っていた中学では、何か試合があるたび、応援団を作って、生徒に応援歌を歌わせたのです。私はそれが恥ずかしくて仕方なく、隙を見ては逃げ帰るような子供でした。
とはいえ、私にまったく運動の習慣がなかったわけではなく、泳ぐとか走るとか、一人で黙々と体を動かすのは好きでした。
ようするに、団体行動ができないのです。暑苦しいのが苦手なのです。そしてそのどちらも当てはまる野球は、私にとって天敵と言っていい競技でした。
もっとも、小柄で華奢な川端も、スポオツマンだったとは思えないのですが、
「ストライクですな」
パアン! と子気味いい音が鳴り響きました。
川端の放った瓦礫が、見事な直線を描き、私の数寸横を射抜いたのです。
「……なぜ、こんないい球を投げられるのですか」
「茨木中学校は、体操やマラソンに熱心な校風だった。登校後は強制的に裸足です。私はそこで、みっちりと鍛えられたのだ。野球も、よくやりましたよ」
川端は体育会系だと判明しました。どうやら我々は、あらゆる意味で正反対なようです。
さっきまで感じていた親近感は消え失せ、速やかな迎撃態勢に移りました。
「ではもう一球」
水魔法を唱え、川端の放った瓦礫をひたすら跳ね返し続けます。危険なので絶対に真似しないでください、と但し書きを入れたくなるような光景で、みるみる城が損なわれていきました。壁に亀裂が走り、小刻みに揺れているのがわかります。
倒壊するのではないか、という確信が強まった時、川端はさらに投擲の勢いを強めました。そこには焦りの色がありました。瓦礫を投げながら、少しずつ後退しているのです。これはもしや、撤退を狙っているのではないか、と思わせる動きでした。
思えば、川端のステヱタスは筋力特化なのに、飛び道具を使っている時点でおかしいのです。
今の川端には、私の懐に飛び込む元気もない。
勝てるのではないか、と確信した時、川端は一際大きな瓦礫を投げつけ、脱兎のごとく駆け出しました。最後っ屁でした。
「七里ヶ浜」
私の水魔法が炸裂すると、城はいよいよ斜めに崩れ落ち、ジャチ王とその家来達は屋外に放り飛ばされました。
私は、崩れゆく城の中で、遠ざかる川端の背中を眺めていました。あの速度では、とても追いつけそうにありません。しかし、それはどうでもいいのです。
問題は、川端の見せた焦りでした。
あれではまるで、私を確保する以外に何も考えていない、と言っているようなものです。世界の半分を手中に収めた魔王が、どうして私ごときに執着するのでしょうか。
「時間がないと言っていたが」
私の知らないところで、あの男もまた、追い詰められているのかもしれません。それが何なのかはわかりませんが、今はまず脱出に専念するべきでした。
私とトミエは、ハツコに跨って城を飛び出します。あわや生き埋めになる、というところで庭に飛び出した瞬間、城が崩れ落ちました。
そのままうろうろと歩き回り、死人がいないのを確認すると、城門の外に出ました。
待っていたのは、大勢のシラクス市民でした。
「城が壊れたぞ」
「万歳。勇者万歳。暴君の城を落としたんだ!」
調子のいい連中で、口々に私を褒めたたえます。
誰も助けに来なかったじゃないか、という気持をぐっとこらえて、笑顔で手を振ってやりました。
この手のひら返しこそ、人の世の残酷さではないでしょうか。私は、以前にも似たような経験、それももっと大規模なものがあったので、驚いたりしないのです。
戦前の日本は、軍人が幅を利かせ、マスコミがそれを持ち上げるような国でした。お国のために死ぬのは、美徳とされました。兵役免除は恥でした。共産主義は悪でした。
ところが、敗戦を迎えた途端、国を挙げてアメリカに媚びへつらい、反体制だった太宰さんは先見の目がありましたねえ、などと擦り寄ってくる者まで現れる始末で、私はつくづく、人間はずるい生き物だと思い知りました。何が民主主義だ、自由主義だ、もう何とか主義はうんざりだ、現在の道徳打破の捨石になってやる、と死にたくなったのを覚えていますし、実際に死んでやりました。
そうとも、私を殺したのは、君達のような人間なのだ、と冷めきった感想を抱きながら、東の空を眺めます。
川端はあちらに向かって走り去っていきました。
あの男は何に焦っているのでしょうか。
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