第22話 東の太宰、西の川端
異界の住人を連想させる、凄絶な笑顔でした。
妖気と言っても足りず、精気と言うのも違う、異様な迫力を放っているのです。そしてそれは、どこか川端の作品に通じるものがありました。
私が小説を書く時は、自分の内側に潜り込んでいき、本来秘めておくべきものを、そっと読者にだけ見せるような、そういう姿勢を取ります。
ところが川端の場合は、自分自身ではなく、もっと別の場所に潜り込んでいるように感じるのです。それがどこかと問われれば、「魔界」と言わざるを得ないのでした。
仏界入り易く、魔界入り難し。
これは川端が好んで使う、一休禅師の言葉です。
魔界なくして仏界はなく、魔界に入る方が難しい。心の弱い者であれば容易に飲み込まれてしまうような、深淵を覗き込むことによって、珠玉の美を掘り当てる。
私は自分自身を掘り尽くし、ついには破滅してしまった作家ですが、この男もまた、危うい場所を行き来していたのです。
あるいは、川端も飲み込まれたのかもしれません。いったいどんな死に方をしたかは知りませんが、それは自然死ではないだろう、という予感があるのでした。
「決着を付けようじゃないか、川端康成。僕らは共に、小説に溺れた人間だ。溺死体に過ぎない身だ。それがいつまでもふらふら歩きまわっていたら、人々が混乱するでしょう」
「私は、溺れてなどいない。吸い尽くしたのです」
「どっちみち、肺が小説で満たされているではないですか。それはやっぱり、溺れてるんですよ」
「確かに」
その言葉を合図に、私達は魔法を唱えました。
私の生み出したニンジンが、川端の足首を絡め取らんと迫るも、音もなく広がっていた毒ガスが、それらを土くれへと変えていきました。
互いの妙技、創作論、人生をぶつけ合う、極限の戦いでした。
屋内であるにもかかわらず、私はズバズバと水魔法を撃ち込み、川端もまた、遠慮なくそれを弾き返します。死力を尽くした(一番死にそうになってるのは城ですが)決闘に、トミエは言葉も出ないようでした。
やがて私達の戦いは、どこへ飛び火したのか、地元の食文化をぶつけ合う流れに発展していきました。
「うどんのつゆは、真っ黒でなければ食欲が出ない! 津軽ではそういう色でした!」
「風情が無いね。関西風の、透き通ったお出汁の良さがわからないとは」
「僕はそれ、初めて見た時はお湯に麺が浸かってるのかと思いました」
「私は東のうどんを見るたび、墨汁で麺を食ってるのかと錯覚する」
どうしてこんな流れになったのか、さっぱりわからないのですが、私は巨大ニンジン、川端は王様からかっぱらったステッキを用いて、鍔迫り合いを行ないます。
筋力は遥かに川端が上ですが、体格で勝る分、どうにか持ち応えることができました。それとも、これもまた特攻スキルの恩恵なのでしょうか。
ぶるぶると震える腕を、必死に制御しながら、青森の味を語ります。
「赤味噌で作った味噌汁なら、何杯でも飲めます……っ! 寒い日に、あのきじょっぱい汁をすするのがたまらないのです」
「味噌は白くなければ駄目です。お味も薄い方が上品で良い」
「ひきわり納豆の良さを、なぜ理解できないのですか!」
「納豆は臭い。くれぐれも京都には持ち込まないように」
双方一歩も譲らず、一進一退の攻防が繰り広げられました。
ここで負けたら駄目だ、私が諦めたら青森の名誉に関わるんだ、津軽の食を守れるのは私だけなのだ、と本来の目的とは全然関係ない、謎の使命感が私を奮い立たせます。
「山菜といったら
「
「ミガキニシンに味噌をつけ、酒と一緒にちびちびやる。これが青森流の晩酌。これ以上の飲み方があるでしょうか?」
「あいにく下戸なもので、酒の味は理解できない。ミガキニシンとやらもピンと来ません。魚はやっぱり、鯛が一番でしょう」
とことん食の好みが合わないのでした。
青森人と大阪人なので、食文化がまったく違うのです。もう味噌の色からして違うのです。
「魚の王様は、鮭です。あれは、皮まで美味しい!」
私が押し返すと、川端は額に汗を浮かべ、苦悶の表情を浮かべました。
やはり鮭だ、青森の漁港で上がった巨大な秋鮭を、豪快に捌いて喰うのが一番なんだ、と私は確信しました。サナダムシがいるとか、生じゃ食えないとか言われているのは私だって知っています。しかし冷蔵技術が発展すれば、あの魚が天下を取るのは間違いないように思うのです。ゆくゆくは鯛を玉座から引きずり下ろし、一番人気の寿司ネタになるのも夢ではない。私はそう信じています。
「北国の魚は、脂の乗り方が違う。極寒の海を泳ぎ回ることで、彼らは最高の食材として育つのです。そりゃあ、東北地方が、畿内ほど洗練されていないのは自覚しています。津島と発音しているのに、チシマと聞き取られてしまう。どんなにお洒落したって、兄さん東北の人でしょ、と見抜かれてしまう。僕はこの泥臭さがきらいだった。都会人であろうとした。けれども、雪国の育む魚は……魚の美味さは! それだけは本物だから! 否定するわけにはいかないのです!」
津軽の威信を賭けた、渾身の一撃をお見舞いしました。
正確には、魚自慢をすると見せかけて思い切り足を踏んでやったのですが、これが見事に急所を踏み抜いたようで、川端は痛みに悶絶しているようでした。
「なるほど。調理技術で負ける気はしないが……自然の豊かさという点では……津軽に軍配が上がるかもしれない」
川端の手から、ステッキが滑り落ちます。
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