第21話 根も葉もない妄想や邪推はせぬがよい
「なぜ、貴方が来たのですか」
私の問いかけに、川端は淡々と答えます。
「今、死なれては困るのです」
来なさい、と手を伸ばしてきました。単身、敵地に乗り込んでまでの救出劇。この男にとって、私はよほど利用価値があるようです。
いや、あるいは。
ひょっとしたら、万に一つかもしれませんけども、川端は私に同胞意識を持っていて、純粋に心配になって駆け付けて来たとか、そういう理由なのかもしれません。仮にそうだとしたら、これまでの因縁を綺麗さっぱり忘れて、この男の弟分になるのも悪くないなんて気持ちが、幽かに芽生えつつあるようなそうでもないような、とそわそわしていると、
「貴方は、人類京都化計画に必要不可欠な部品なのだ。ここで死なれては困ります」
一瞬で現実に引き戻されました。
「なにやら物騒な単語が聞こえたのですが」
川端は目を泳がせながら、実は貴方が心配で、居てもたっても居られなくなったのです、と下手糞なほらを吹きました。
「絶対嘘ですよねそれ」
警戒心を露わにしていると、トミエが銛を片手に駆け寄ってきます。
「勇者様! ご無事ですか!」
中腰で銛を構える少女を、川端はしげしげと見つめていました。気のせいでなければ、右腕付近を凝視しているように感じます。
「よい娘です。肩にぷっくりとした円みがある」
何か、少女の右手に拘りがあるのでしょうか。川端特有の美意識なのかもしれませんが、女の造型そのものよりも、心中してくれるかどうかの方が重要な私からすると、いまいち共感できない執着です。
私は背筋を伸ばすと、川端と真正面から向き合いました。
「先日の決闘で、貴方はあえて僕を殺さなかった。わざわざ毒ガスを封じて、自ら腕試しをなさった。なるほど、あれは試験だったのですね。貴方の駒としての試験に。僕はそれに合格したのでしょう?」
川端は、あくまで冷静な口調で言います。
「時間がないのだ。黙ってついてきなさい」
「どうして」
「ここでは言えない事情があるのです」
「それで納得すると思いますか」
「……貴方は、目上の人間に甘えなければ、生きていけないひとだ。魂が弟色に着色されているのです」
図星でした。けれども、それを口にしてしまうのはあまりにも癪なので、無言で着物の裾を弄っていました。この落ち着きのなさが既に末っ子感に満ち溢れているのですが、やめられないものはやめられないのです。
「弟は、生まれつき弟として出来ている。年長者に世話をされ、構われ、はじめて輝く生き物なのだ。何も考えず、私に従いなさい。貴方にとっても悪い話ではないから」
トミエは、気を付けてください勇者様、私の実家もこういう誘い文句で光鳩回線に加入させられたんですよ、と注意を促してきます。
言われるまでもなく、このような勧誘に乗るはずがありませんでした。
何より、一瞬抱いたセンチメンタルな期待を裏切られたことに、怒りを感じているのです。
これに加えて、過去の軋轢も思い出されてきて、今や私の感情は爆発寸前の火薬庫と言っていい状態なのでした。
「貴方は大悪党です。小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。理由はもちろんお分かりですね? 貴方が文藝春秋九月号に、僕の悪口を書いたからです。『――私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる恨みあった』。お互いに下手な嘘はつかないことにしよう。僕は貴方の文章を本屋の店頭で読み、たいへん不愉快であった。覚悟の準備をしておいてください。ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。裁判所にも問答無用できてもらいます。慰謝料の準備もしておいてください! 貴方は人間失格です! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいてください! いいですね!」
「根も葉もない妄想や邪推はせぬがよい」
川端はやれやれと頭を振ると、拳を握りしめました。拳闘士のような構えでした。
「どうやら、力ずくで連れ去らねばならぬようだ」
望むところです、と私は魔導書を取り出します。
廊下の向こうでは、王が「頼むから外でやってくれないか」、と泣きそうな顔をしていました。
川端はその訴えを華麗に受け流し、軽々と宙返りを披露しました。よほど脚力があるらしく、跳躍の瞬間、床がめり込むのが見えました。王は泣いていました。
川端は私の背後に跳躍すると、眼にも止まらぬ速さで正拳突きをお見舞いしてきます。二日酔いで反応が遅れた私を、トミエの銛が守ります。
ガギイイイイイッと、鍔迫り合いを髣髴とさせる音が鳴り響き、たたらを踏んだトミエは、壁に叩きつけられました。その衝撃で柱が折れ、王が失神しました。
「女性を痛めつけるのは好みません。下がっていなさい」
それだけ言うと、川端は再び私に向かって飛び込んできました。
踏み込みの瞬間、私は水魔法を唱えます。
「玉川上水!」
直撃でした。
川端はきりもみ回転しながら吹き飛び、トミエとは反対の壁に叩きつけられ、追加で三本の柱が倒壊しました。今度は財務大臣が気を失いました。「また予算が膨らむ……」とうわごとを言っているのが聞こえますが、私も川端もあえて無視しました。
「わかるかね太宰君」
「何がですか」
口元から流れる血を拭いながら、川端は言います。
「私達の戦いで、見るからに高そうな城を台無しにしてしまった」
「今その話をするのですか」
「こうなってしまった以上、もっと激しくぶつかり合って、全部うやむやになるくらい破壊するしかない。中途半端に壊したら弁償ものだが、完膚なきまでに壊したら災害とみなされる」
「僕も途中から同じことを考えていました」
「それでこそ作家です。大体、この王は臣下を石に変えていた暴君なのだ。多少痛い目にあった方がいい」
「流石の正当化です」
川端はまたも拳を振り上げ、私はそれを水魔法で迎撃しました。
何度か危うい場面もありましたが、距離を取って狙撃するのに専念すれば、私が有利なのは明白でした。
「やはり、貴方が必要だ……」
押されているくせに、川端は満足げな笑みを浮かべています。
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