第20話 長男力

 二日目になると、退屈を持て余した王が、身の上話を始めました。

 権力者の例に漏れず、半分は自慢話、もう半分は苦労話といったところで、シラクスをまとめ上げ、一等国に育て上げたのは自分の手柄だとばかりに語ってくるのですが、それは貴方が優れているのではなく、貴方の生まれが良かったのです、と言いたくなるのを、やっとの思いで堪え、へらへらと相槌を打っておりました。

 もちろん、この王にも優れたところがあるとは思うのですが、王家に生まれて、きちんとした教育を受ければ、よっぽどの間違いを起こさぬ限り、立派な人間に育つ気がするのです。

 たとえば、若くして肉親を失い、ほとんど孤児同然で育って、それでも立身出世を遂げたというなら、本人の資質だと言えるのでしょうが、これに当てはまる人物が川端康成だと気付いてしまったので、今のは無かったことにします。

「顔色が優れぬようだが」

「いやなものを思い出したのです」

 まったく、川端ときたら、経歴すら隙がないのです。あの男は元々、地主の家系だったらしいのですが、祖父の代で没落し、両親とは物心つく前に死別、そして中学生の頃には姉も祖父母も亡くなっていたという、壮絶な境遇でした。まさしくどん底を味わったわけですが、そこから学問に打ち込み、東大入学、卒業後は作家として大成功ときていますから、もう来歴だけで人を黙らせるようなところがあり、それなのに黙ってない私は逆に凄いと言われることがあります。

 私に言わせれば、それほどの苦労人なら、ひとの痛みがわかるはずですから、もっと甘やかしてくれてもいいはずなのです。芥川賞をくれればよかったのです。私は年長者を見ると、寄りかからずにはいられない気質ですから、拒絶されるとそれはもう傷つくのです。根っからの末っ子気質なのです。

「その顔は、女を考えている……のとは違うな。ははあ。さては父親か、兄と揉めているのだろう」

 あれが兄なものですか、と笑い返します。

 確かに、川端は私の長兄と同年代です。

 しかし、兄はもっと包容力がありました。なんせ大卒初任給が七十~八十円の時代に、毎月九十円もの仕送りをくれた人格者ですから、あれぞ兄の中の兄と言えます(元は三男だったのですが、上の兄が次々と早世したため、長男として育てられたひとでした。それが良い方向に働いたようです)。私は長男という人種が大好きです。へんに親分肌なとろがあるので、いくらでも脛をかじらせてくれるのです。芥川先生だって長男坊ですし。

「あっ! チクショウ、川端も長男だった」

「何を騒いでおるのだ」

 気の利かねえ王様だなあ、きっと次男とかなんだろうなぁ、と思って尋ねてみると、どうやら本当に兄がいるらしく、そっちは別の国の君主を務めているとのことでした。

 やっぱり次男じゃ駄目だ、私の憂鬱を癒してくれるのは長男に決まってるんだ、とわけのわからない弟挙動を繰り返していると、トミエが慰めてくれました。

「ヘイヘーイ! 私、七人姉弟の一番上デース! お姉ちゃんに任せなさーい!」

 どうりでこの娘とは上手くいっているわけだ、と姉の顔を思い出します。

 兄に甘えるのもいいのですが、姉に甘えるのはもっと得意なので、絶好の依存対象なのです。

 トミエにもたれかかりながら、市民の薄情さ、誰も私を助けようとしない冷たさを、ひたすら嘆きました。トミエは黙って頷き、つまみまで持ってきてくれたのですから、何も言うことはありません。

 そのまま酔い潰れて、気が付くと三日目の朝となっていたのですが、私を救い出そうという者は未だ現れないようでした。

「なんて連中だろう。コカトリスを仕留めてやったのに」

「わしが、やつらを殺したくなる理由がわかったであろう。人間など、こんなものさ」

 王様に同意しかけた自分が悔しく、部屋の端っこで膝を抱え、ただただ泣きじゃくっておりました。

 はじめのうちは、トミエだけが心配していたのですが、夕方になっても助けが来ないので、王様まで慰めの声をかけてくるのです。どこか気まずそうに、

「こんなこともある」

 と肩を叩いてきます。

 よりによって、敵に情けをかけられているのでした。

 果たして、これほどの屈辱があるでしょうか?

「賭けはわしの勝ちだな。ダザイには悪いが、今後も市民は処刑し続ける。あやつらの心根は、この通り汚れておるのでな。恩人すら見捨てるとあっては……」

 じきに、日も沈む。

 もはやこの町の命運もこれまでか、と諦めかけた時、近衛兵達が声を荒げました。

「陛下、城に近付いてくる者がおります」

 私と王は、慌てて窓の傍に駆け寄ります。

 眼下には、赤く染まったシラクスの市と、見張りの兵士達、そして縦横無尽に闊歩するコカトリスが見えるのですが(これだけの警備があれば、一般人が来ないのも頷けます)、それらをまるで気にせず、まっすぐに城へ向かってくる男がいるのです。

 フードを被った、小柄な男でした。

「まだわからぬ。ひょっとしたら、処刑を見に来た野次馬かもしれぬだろう」

 意地悪そうに王が笑うと、男は足を速めました。小走りで城門に近付くと、素手で番兵達の槍をへし折り、破片でコカトリスを刺殺、要した時間はわずか六秒の、早業でした。

「陛下! あの速度では、内部が攻略されるのも時間の問題かと!」

 王は、マントを翻すと、自ら指揮を取りに向かいました。

 トミエは、この隙に貴重品を持って逃げましょう、とたくましいことこの上ない提案をしてくるのですが、もう少しだけ待ってくれと遮り、フードの男を観察します。

 男の服には、家紋のような印が縫い付けられてありました。三つの三角形が合わさって、より大きな三角形を構成しているのですが、私の記憶が確かならば、あれは北条氏の三つ鱗なはずです。

 はて。 

 まさか私と川端の他に、もう一人日本人が迷い込んでいるのでしょうか。

 北条氏に縁のある者となると、元亀天正の荒武者かもしれません。

 お侍さんなんかと話が合うだろうか、いきなり斬り捨てられはしないだろうか、と妙な心配をしているうちに、フードの男はバタバタと護衛をなぎ倒し、謁見の間にやって来ました。

「……」

 男は一言も言葉を発さず、ジロジロと王の顔を眺めています。

 あんまり長く沈黙するものですから、業を煮やした王は、顔を真っ赤にして怒鳴りました。

「わしを誰だと思っておる!」

 男は、

「……どうかしましたか?」

 どうでもよさそうに答えます。

 その瞬間、あることを思い出しました。

 没落した旧家とはいえ、その血筋は七百何前まで遡ることができ、鎌倉時代の武将、北条泰時ほうじょうやすときの子孫とされる人物。その名も、

「――川端康成」

 私が呼びかけると、男はフードを外し、ミミズクのような顔をさらけ出しました。

「捕まったと聞いたので」

 助けに来たのです、と川端は言います。

 相変わらず、何を考えているのかさっぱりわからない男でした。

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