第19話 鳩回線(大容量)

 この男を引っ捕らえよ、と王が叫ぶのが聞こえます。

 待ってください、最後まで話を聞いて頂きたいのです。まだ終わりではないのです。

 私の要求を受け入れ、王が引き下がります。

「僕と妻は、夫婦生活が破綻しかけているのを悟ると、心中を図ったのです。ところが、二人ともへんに丈夫なところがあって、未遂に終わりました。結局、その女とは別れました。ほとぼりが冷めた頃、見かねた師匠が縁談話を持ち掛けてきました。新しい妻は、とてもよくできたひとでした」

「ほう」

「ですから、王も心中すればよいのです。周りの人が心配して、あれこれ手を尽くしてくれますから、良い再婚相手が見つかると思うのです」

「おまえの話を聞いていると、心中したからではなく、周囲の尽力があったから立ち直れたように感じるのだが」

「そういう考え方もあるかもしれません」

「この考え方しかないと思うぞ……」

 王は顎髭を撫でながら、呆れたような声を出します。

「わしが信じられるのは、ここにいる近衛兵だけだ。もっとも、こやつらは他に行き場がないから、わしに仕えているに過ぎぬ。路頭に迷う恐怖、それが忠誠を生み出したのだ。好意からの尽力など、あるものか。お前を救った者達も、きっと恐れから行動したのだ」

 なんと頑迷な王なのでしょうか。

 トミエは苛立ちを隠せないようで、さっさと王様の頭を吹っ飛ばしちゃいましょうよ、と大雑把な強硬論に傾きつつありました。いざとなると、女の方が度胸があります。

「だが、お前の言うことも一理ある。人を信じなければ、何も始まらないのかもしれぬ。いいだろう。今一度、民を試してやろう」

 王は低く笑いました。さげすむような笑いでした。

「三日、この城に滞在するがよい。案ずるな、客人としてもてなしてやる。だが、城下にはおまえが囚われたという報せを出す。今にも処刑されそうだ、と伝えておこう。民のうち、誰か一人でもおまえを助け出そうとしたなら、わしは人を信ずる王となろう。誰も現れなければ、今後も民を処刑し続ける。さて。暴君を討つべく立ち上がった勇者を、民は見捨てるだろうか。それとも救い出すだろうか。なあに、結果がどうなろうと、おまえ達は見逃してやる。三日目になったら、裏口からこっそりと出ていくがよい」

 こんな茶番に付き合う必要はありませんよ、とトミエが目配せをしてくるのですが、私は王の挑戦を受けることにしました。

「いいでしょう」

「勇者様!?」

 ここで王を殺したところで、私には統治能力などありません。半年で国庫を空にして、酒浸りになる自信があります。また、城下の人間はかなりの阿呆揃いですから、この男を賢王に戻してやるのが、市民にとって一番いい結末だと思うのです。

「王よ、一つ聞いてもよいですか」

「何だ」

「知人に助けを求めるのは可能でしょうか。友のためならば、命を惜しまない者がいるかもしれません」

 王は少し考えたあと、頷きました。

「よかろう。ただし、種明かしをされては困るのでな。こちらが用意した通りの手紙を書いてもらう」

「どんな文面ですか」

「シラクスの王に捕われ、処刑されることとなった。どうか助けてほしい。もう三日しか猶予がないのです――いいな? この文章で書け」

 私が囚われの身であるかのように装った内容でした。確かに、これならば善意の者をあぶり出せます。

「手紙は、伝書鳩で届ける。で、誰に助けを求めるのだ」

「竹馬の友です。ええと……名前はちょっと思い出せないのだが」

「それは本当に友なのか?」

 トミエが、「ホリキンティウスさん」と耳打ちしてきました。

「うむ、思い出した。友の名はホリキンティウス。隣町で、石工をやっている男です。どちらかというとバアで飲んだくれている日の方が多いのだが、親が裕福なので何とかなっているようです」

「自称石工の無職か。その男は何歳なのだ」

 確か、私より六つ上なはずでした。

「四十四歳です」

「四十代無職。なんだか犯罪者予備軍みたいなプロフィールであるな」

 本人がいないのをいいことに、散々な言いようでした。

「では、その男に手紙を出そう」

 王が手を打つと、さっそく側近の者達が駆け回って、羊皮紙と羽ペンを用意しました。

 私はそれを受けると、言われるがまま文章を書きました。途中で小説家の血が騒ぎ、起承転結をつけてしまいそうになったのですが、ぐっと堪えて王の命令通りに書きました。

「我が国の鳩回線は、速度、通信量ともに一流でな。二時間もあれば帰ってくるわい」

 鳩回線とは何だろう、とトミエに聞いてみれば、

「あー。近頃は光鳩回線に変えろって、勧誘がしつこいんですよねぇ」

 と嫌そうな顔をされました。

 何でも、魔法を使える伝書鳩は、全身を光のオーラで包み込んで高速飛行できるそうなのですが、通常の鳩より餌代がかかる上、開通工事にお金がかかるとか、家族全員で加入したら割引されるプランがあるとか、大体そんな話なのでした。

 正直、何を言っているのかよくわかりませんでした。

 王の方もこういった話題は好かぬようで、酒を持ってまいれと騒ぎ始めました。

 数時間後、私と王はべろべろに酔っぱらって、元妻の愚痴を言い合うなどして盛り上がっていました。

 一方トミエは、財務大臣を名乗る老人から、

「調度品がめちゃくちゃに壊されてるんだが」

 と疑いの目を向けられていました。

 しかしそこは生き汚いマアメイド、「私達が来た時から壊れてましたネー!」としらを切るのに余念がありません。弁償を求められそうな気配があったので、逃げ出したコボルト兵に全ての責任を押し付けようとしているのです。

 王は、敵前逃亡などけしからん、コボルトが壊したに違いない、と鷹揚な態度を見せていました。

 しばらく酒盛りを続けていると、廊下の向こうから足音が聞こえてきました。

「陛下! ホリキンティウスから返事が届きました!」

 文を片手に、精悍な若者が飛び込んできます。

「読み上げよ」

「はっ。――『ぜってーやだ。お前約束守んないんだもん。一人で処刑されてろよ』と書いてあります!」

 竹馬の友とは何だったのか、と天を仰ぎます。

「どうするのだ、勇者ダザイよ。このままでは市民が助からんぞ」

「まだ三日もあります。もしかしたら、正義感に目覚めた人間が駆け付けてくれるかもしれません。ところで、どうしてワインばかり出てくるのですか。僕はウイスキイが欲しいのです」

「妻の誕生日と、同じ日付に製造されたワインがたっぷりと余っておってな……」

「ああ、もういい。どうして余ってるのか大体わかりました」

 王を慰めながら、窓の外に目を向けます。

 市民がやって来る気配は、まったくありません。

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