第18話 特攻の太宰
「カワバタヤスナリ特攻が、発動しておられるのでは……?」
トミエの言葉に、はたと動きが止まります。
はて。
目の前のコカトリスは、確実に川端ではありません。あいつの人相は、どちらかというとフクロウとかミミズクとかそちらの系譜ですし、それによく考えたら人間なので、絶対に違います。
なのに私の特攻スキルが効果を発揮したのは、どういうからくりなのでしょうか。
思い当たる節があるとすれば、コカトリスにヤスナリと名付け、あれの顔を思い浮かべながら腹を立てていたことくらいです。
いや、ひょっとすると、それこそがスキル起動の条件なのかもしれません。
つまり私は、川端康成のことを思い出しながら八つ当たりするだけで、膂力が跳ね上がるのではないでしょうか。
現在の戦闘とは無関係の、過去の怒りを力に変える。
なんだかこれは、夫婦喧嘩の最中、昔の喧嘩を持ち出すめんどくさい妻のようだと思わなくもないのですが(川端の中では終わったことかもしれないけど、私の中ではまだ終わってないんだけど? あの時すっごく傷ついたんだからね!)、なるほど、紛れもなく破格の技能でした。
生前の私は、才あって徳なしと言われてきましたが、自分では徳あって才なしと思っていました。それが、ようやく才も得たのです。
私は包丁を振り上げ、左方から回り込んで来たヤスナリBを両断せしめると、残る二羽の処理に取りかかりました。
「コケーッ!」
しぶとく生き残っているだけあって、機敏な連中でした。蛇の尻尾をずるずると引きずりながら、ジグザグに駆け回る様は、電光石火の一言に尽きます。
もはや人の目で追える速度ではありませんが、せっかく羽根が生えているというのに、わざわざ地べたを走り回るのは、明らかな失敗でした。これでは、揺らしてくれと言っているようなものです。
私は、もう一度足元に包丁を叩きつけ、地震を起こしました。
案の定、コカトリス達はぴたりと足を止め、周囲の様子をうかがっています。
「君達は、飛べばよかったのだ」
そうして、全てが静止した中、二羽のヤスナリを切り刻みました。
刃先にこびりついた内臓を、指で拭いながら語りかけます。
「鳥は食ってもドリ食うな、ってね」
コボルト達は、鼻で何が起こっているかを察したようでした。
「こ、こんなの給料に合わねえ! 薬品臭くて怖いし、今日限りで辞表を出させて頂く!」
と騒いでいるのが聞こえます。
私が足を踏み出すと、彼らはバラバラの方向に逃げていきました。
「勇者様やるう! 特攻スキルがあれば、コボルトなんて目じゃないデース!」
「ウム」
小さく首肯すると、城門に水魔法をぶつけます。
「何奴!……うわっ!? なんだこの薬品臭!? 母ちゃーん!」
中にいたコボルト達は、門を守っていた部隊より練度が低いらしく、私を見るなり退散しました。
「わあ! 今の見ました? あまりの魔法攻撃力に、警邏達が戦意を失ってますよ!」
魔法ではなく、薬品臭が引き金だったように見えたのですが、私は正面切って議論できる性質ではないので、その通りかもしれないね、と心にもない同意を示します。
「急ぎましょう。王様が応援を呼ぶ前に片付けなきゃ」
私は、トミエに引っ張られる形で、城の奥へと進んでいきました。
振り向くと、ハツコがついてくるのが見えます。城内の調度品がよほど面白いらしく、前足で花瓶を倒したり、石像をかじったり、肖像画を食べるなどし、一騎当千の破壊活動を繰り広げておりました。
犬には、幸せも不幸もないのです。あれはただ、食べることと遊ぶことにしか興味のない生き物なのです。
ハツコが食べている肖像画は、端の方に「国王ジャチ・ボーギャク二世」と書かれていました。それが暴君の名でした。
私とトミエは、そのまま謁見の間へと向かいました。既に騒ぎを聞きつけていたらしく、たくさんの兵士が剣を構えております。
暴君ジャチは、私の持つ包丁を見やりながら叫びました。
「その短刀で何をするつもりであったか。言え!」
王の顔は蒼白で、眉間の皺は刻み込まれたように深く、苦悩の強さがうかがえます。
「市を暴君の手から救うのだ」
「おまえがか?」
王は鼻で笑うと、
「おまえには、わしの孤独がわからぬ」
と玉座に身を沈めました。
王が動くのに合わせて、二匹のコボルトが付き従い、左右を固めます。彼らの目は、しっかりと私を見据えていました。私の臭いに怯えないとなると、相当の手練れということになります。けれども、彼らは王に反旗を翻そうとはしないのです。それだけ亜人の信頼を得ているのです。
そもそも私は、この部屋に入った瞬間から違和感を覚えていました。なぜなら、護衛の種族にまとまりがないのです。人間族もいれば、コボルトもおり、中には首から上がトカゲの兵士までいるのです。
「貴方はもしや、かつては賢明な王だったのではありませんか」
「なぜそう思う」
「人材登用に、偏見がありません。それに、シラクスの建物はどれも立派で、河川は橋がかかり、人々は身ぎれいにしていました。あちこちに善政の名残が見られます」
「ふん」
王は不愉快そうに口を歪めます。
「わしを変えたのはおまえたちだ。人の心はあてにならない。人間は、もともと私欲のかたまりさ。信じてはならぬ」
「何が貴方をそうさせたのですか」
私の問いかけに、王は苦虫を噛み潰したような顔で答えました。
「妻が、臣下と不倫したのだ。もはや誰も信頼できぬ」
え、わかる……。
私が同意を示すと、トミエがぎょっとした顔をしました。
「そういう事情なら仕方ない」
「だまれ下賤の者! 口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって……ん、わかるのか?」
「わかります」
私も、最初の妻に浮気されたのです。しかも、相手が対等な友人ならまだしも、よりによって年下の、画学生なんぞと間違いを起こされたので、怒るより先に馬鹿々々しい気持ちになって、やぶれかぶれになってしまったのです。夫にとって、これより辛いものはない。むきになればなるほど妻の心が離れていくように感じるし、かといって何もしないでいると、またあの男と会いに行くのではと思われ、眠れない日が続く。もう、どんな態度を取ればいいのかわからない。明るく振舞ってみても、長続きしない。へたくそな誘導尋問を繰り返したり、泣いてみせたり、尊大に接してみたり、ありとあらゆる空回りをこなした末、余計に妻の愛を失う。
かつてそんなことがありました、と口にしてみたところ、王は静かに頷きました。
「間違いない。おまえはどうやら、本当に妻を寝取られたことがあるようだ。その生々しさ、確実に経験者の発言である」
それで、どうやって立ち直ったのだ? と王は興味深そうにたずねてきます。
答えは一つしかありませんでした。
「心中です」
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