第16話 火の鳥(おいしい)
「目を開けてごらん。そんなに震えなくていい。君を怖がらせるものは、全て片付けておいた」
トミエは、おっかなびっくりといった調子で顔を上げ、目元から手を離しました。
まぶたが開け放たれ、青い瞳がゆっくりと屠殺現場を見回します。
「……嘘。本当に一羽残らず死んでる」
「今夜はコカトリスの水煮だね。いやぁ、酒が進みそうだ」
「えっと。もしかして、小動物を殺すのが趣味だったりします?」
「妙な誤解はしないでおくれ」
私は、実家が養鶏業に熱心だったのもあって、鶏の解剖が得意なのです。これが私の、隠れた趣味だったとさえ言えるかもしれません。
そして、このことを口にすると、決まってトミエのような反応をされるのでした。
演技力のたまものか、はたまた人相のせいなのかは知りませんが、私は穏やかな男とみなされているらしく、えいやと鶏を絞めると、驚きの目で見られるのです。
しかし、私を真によく知る人間からすれば、鶏を絞めるのが趣味と聞かされても、まったく不思議ではないとわかるはずでした。薄暗いお勝手で、淡々と鶏を捌く? へえ、あいつらしいじゃないか、と思うのではないでしょうか。
おもては陽気に笑い、周りを笑わせてばかりいるけれども、奥底には陰鬱な心が溜まっている。気味の悪い、のっぺらぼうの化け物みたいな人間が、必死にお愛想を振りまいている。それが私の正体なのでした。
もちろん、残酷な目的から生き物を殺めていたわけではありませんが、そこに一抹の寂しさ、むなしさみたいなのを感じなくもコカトリス美味しい。
「人が調子よく落ち込んでいる時に、鶏肉を食わせてくるのはやめたまえ」
「だって、ものすごくジューシーなんですよこれ。ほらほら、一番の功労者なんですから、たらふく食べないと」
トミエは、いつの間にかコカトリスの死体を集め、塩を振り、串焼きにしていました。
煙と共に、食欲をそそる香りが漂ってきます。
あとは白いご飯と味の素があれば、何も言うことはありませんでした。
「ああ、肉汁がたまらない。ところで、鶏特攻の理由はわかったんですけど、視線を合わせずに戦えたのはどういうカラクリなんですか? ああいうのって意外と難しいと聞きますよ」
「僕はとんでもないはにかみ屋だからね。心を許した相手でなければ、目を見て話すことができないのだ。コカトリスと視線を合わせないようにしろって? 悪いが、普段は人間相手にそれを実践している。簡単すぎてあくびが出るかと思った」
「な、なるほど。人見知りをこじらせた結果、疑似的な魔眼耐性になってるんですね……」
呆れているのか同情しているのか、よくわからない表情をしながら、トミエは肉をほおばります。
そうして、二人で一羽分をぺろりと平らげた頃、匂いにつられてか、市民達がわらわらと集まってきました。
「なんと。一人でコカトリスを蹴散らしたのか」
「僕は見てたよ。あのお方が、包丁片手にばったばったとやつらを刻むところを」
「あの勇者はわしが育てた。一目見た時から、ただものではないと思っていた」
例の、小銭を与えてやった老爺が、何やら来歴を捏造しているのが聞こえましたが、無害なので放っておくことにしました。風聞は私がもっとも慣れ親しんだ友の一つであり、人々が恐れるほどの力はないと知っているのです。保守的な名家に生まれながら、芸妓と結婚したり薬物中毒になったりすれば、誰だって噂話を恐れなくなります。
いえ、恐れるどころか、ありがたいくらいでした。不気味な噂を流されている時は、凄味があるように見えるせいか、お金を借りやすくなるのです。世間に後ろ指をさされながら生きてきた人間の、悲しい経験談でした。
「旅のお方、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
やがて人ごみをかき分け、一人の男が進み出てきました。身なりからして、市の有力者に違いありませんでした。
「太宰治と申します」
「おお、勇者ダザイ様。我々は貴方に、チキンスレイヤーの称号を与えたく思います」
「もうちょっと締まりのある二つ名はなかったのかね」
「では、チキンバスター~蛇の尻尾を添えて~などいかがでしょうか」
「新手の鶏肉料理のように聞こえるのだが」
「そうなるともう、チキンエクスキューショナーしか思いつきません。これはちょっと、十四歳くらいの少年が喜びそうな雰囲気があって、どうかと思われるのですが」
「とりあえず、チキンから離れてくれまいか。どうも語感に臆病な印象があるのだ」
話し合いの末、無難にコカトリススレイヤーで落ち着きました。
初めからそれでよかったのではないか、と思わなくもないのですが、彼らもまた、混乱しているのが伝わってきたので、大目に見ることにしました。ある日突然、着流し姿の外国人が現れ、首が三つある犬とじゃれ合った末、刃物のようなものでコカトリスを滅多刺しにしたのですから、むしろ正気を保っている方が不自然なのです。
我ながら新聞沙汰みたいな真似をしているな、と自分で自分が恐ろしくなってきます。
「コカトリススレイヤー・ダザイ様。もしや貴方は、我らを暴政から救ってくださるのでしょうか?」
私が頷くと、商店街は歓声に包まれました。
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