第14話 暴君
森の出口に差し掛かった頃、トミエが何かを見つけました。
地面から、白い枝のようなものが伸びているのです。
しかしそれは、枝と言い切るにはどこか違和感があって、なんとも言えない、不吉な気配が漂っておりました。
「これって」
近付いてみると、人間の白骨死体だとわかりました。
土の下から、前腕部が突き出ているのです。
ハツコに掘り返させてみると、どっさり五体分もの遺体が出てきたので、トミエと顔を見合わせました。
はじめは、森オーガの食べ残しかとも思ったのですが、きちんと手足が揃っていて、装飾品まで身に着けているとなると、人の手で埋葬されたに違いありませんでした。
「ひょっとしたら、ここにふらりと迷い込んだ自殺志願者達が、発作的に穴を掘って、バアで引っ掛けた女の子に土をかけてもらって、土中自殺したのかもしれない」
そんな推理を口にしてみたところ、トミエは呆れたように首をすくめました。
「女の子を口説き落として、自殺に付き合わせるような事件がそう何件も続きますかね」
「僕はそれを、一人で三回もやったんだが。僕みたいなのが二人くらいいたら、死体の五つや六つ、簡単に積み上がるはずさ」
「お言葉ですが、勇者様のような方が二人も発生するのは、天文学的な確率だと思います。まだ五人家族に隕石落下説とかの方が信じられます」
数学に関しては専門家でも何でもないので、大人しく引き下がっておきます。
「大体、この骸骨を見る限り、他殺だと思うんですよね。ほら、ちょっとだけ先端が石化してるでしょう。これは生前、魔法で石に変えられた証ですよ」
何にせよ、この先に待ち受けているのは、ろくでもない光景に決まっていました。
郊外の森に、無造作に土葬するなど、町が死体で溢れ返っていると言っているようなものです。
かといって、引き返すわけにもいきませんでした。
昨日、トミエは森オーガの返り血を浴びたらしく、服を替えたがっているように見えるのです。小言を言われたとか、そういうわけではないのですが、袖をつまんで、臭いを嗅ぐような仕草をされると、それは私に対する抗議のように思え、なんとしても新しい服を買ってやらねば、という気持になるのでした。
私にとって、他人の不機嫌ほど恐ろしいものはなく、それを和らげることができるなら、どんな困難をも引き受けてしまうのでした。
臆病者は、安心が欲しくて死にたがるのです。怖さゆえの無謀なのです。
私は、トミエをくつろがせるため、顔に「偽クリスチャン」のような微笑を貼り付けると、首を三十度ほど左に傾け、猫撫で声で言いました。
「先を急ごう。そのままじゃ気分が悪いだろうからね。町に着いたら、服を買ってあげるよ」
「え……いいんですか? なんだか物騒な雰囲気ですし、引き返してもオッケーなんですよ? これくらいどうってことないですし」
「僕が君に買ってあげたいんだ」
女が「欲しい」と口にする前に、先んじて購入の意思を示すと、大いに喜ばれるのを知っていました。
案の定、トミエは人が変わったみたいにはしゃいで、腕にまとわりついてきて、甘えたような声を出してきます。
よくあることでした。
私はただ、気まずいとか険悪とか、そういったものに耐えられなくて、必死のご機嫌取りを繰り返しているだけなのですが、これがいわゆる「清い」人達からすると、ひどい女たらしに見えるらしく、大いに誤解を招いてきたと考えています。彼らは、私という人間がまったく理解できないようでした。また、私の方も、彼らをまったく理解できないまま死にました。
「勇者様ふとっぱらー! でも、お金持ってるんですか?」
余計なことに気付かれてしまったので、いつも以上にお道化に励んでおきました。
ひとしきり笑わせたあと、ごまかしの作業に入ります。
「お金は、どうにかして作るよ」
「ニンジンを売るんですか?」
「人見知りの僕に、客商売ができると思うかい。なんとかして新作を出版する」
出版以前に、地獄絵図が広がっている可能性もありましたが、この際考えないようにしました。
私達は森を抜け、シラクスの市に足を踏み入れます。
「ひどいものだね」
豊かな国だと聞いていたのですが、そこにあったのは、ひっそりとした沈黙でした。
とうにお昼時だというのに、市全体が、やけに寂しいのです。
のんきなトミエも、だんだん不安になってきたようでした。
「通行人に聞いてみよう」
路で逢った女をつかまえて、何があったのか尋ねてみたのですが、その女は旅人にかまってもらえるのが嬉しいようで、あちこちに話が飛びました。しまいには、姑の愚痴にまで話題が及び、涙ながらに非道を訴えてきたので、微笑を浮かべ、心からの同情を示してやると、女はへんに盛り上がって、私と駆け落ちしたいと言ってきました。
もちろん、一部始終を見ていたトミエは身もふたもなく怒り狂い、何もかも無茶苦茶でした。
私が女と親しくなると、かなりの確率で間違いが起きるので、今度は老爺に声をかけてみました。
老爺は声を潜め、あたりをはばかりながら答えます。
「あんたさっき、野菜屋の奥さんと不倫しかけてたじゃろ。悪い男だね、いったいあの奥さんの何が知りたいのだ」
「お爺さん、そっちではなく。市に活気がない理由を知りたいのです」
気を取り直して、老爺は答えました。
「王様は、人を殺します」
「なぜ殺すのだ」
「私達を疑っておられるのです。敵国に寝返るのではないかと、そればかり恐れているようです」
「たくさんの人を殺したのか」
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世継ぎを。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。なあ、あの奥さんとどこまでいったのかね」
老爺に小銭を渡し、これ以上の脱線を封じます。
「国王は乱心しているのかい」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信じる事ができぬというのです。このごろは、臣下の心をもお疑いになり、少しでも派手な暮らしをしている者には、怪鳥コカトリスを仕向け、石像に変えてしまうのです。今日は、六人石にされました」
呆れた王だ。生かして置けぬ。
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