王国軍団は臭かった ハワード視点

 ホグマイヤー様が匂いに平気そうにされていたのは、風魔法だったのか。


 戦いの時も容赦なく臭いスプレーを噴けていたのも、成程、そういう事だったのかと納得した。


 魔物討伐の戦いでは大変役に立ったこの匂いも、王都に入ると迷惑極まりない物であり、歩くだけで匂いの帯が出来る様であった。


 本来魔物討伐の凱旋であれば、王都の民が出迎えてくれるのだが、王都の民は匂いに驚き軍団とは微妙に距離があった。


 ジロウ隊長は、「軍団が臭いって噂が立つよな。第四が臭い軍団って言われるかな。これ、魔物の匂いのせいにしようかな」と、言っていた。


 私はまだ、ジロウ隊長よりも直接スプレーを噴かれていないだけマシなはずなのだが、怪我人を運んだりしている間にしっかり匂いは移った様だった。



 魔物も嫌がるこの匂い。



 本当に強烈だ。



 以前、王宮も噴水が臭い匂いに汚染されたと、一部の文官等がパニックになったが、大隊長と宰相殿が、ホグマイヤー様より「我慢しろ、匂いで死なねえだろ?」と言われてからは、匂いが消えるまで一部閉鎖で我慢されていたようだ。



 よく我慢出来たものだ。



 魔物からは臭い軍団隊員の事を死人と思ったのか、新しい魔物と思ったのか、スプレーをかけられた軍団員に対して魔物は躊躇しているようだった。


 第四軍団の者達は、前に魔物、後ろにホグマイヤー様と、「前に進まないとやられる。物理的にやられる」と、背中に冷や汗をかきながら戦っていた。


 私は上空からホグマイヤー様に言われた薬を落としたり、はぐれた魔物を仕留めたりをしたが、今回は飛竜が東の森付近を嫌がり、戦いでは補助的役割しか出来なかった。



「飛竜は森に降ろすな。お前らは東の森から溢れる者をやれ」



 ホグマイヤー様からも言われ、上空から戦況を見ていると、「あ、わりい」と、ホグマイヤー様は魔術士、治療師で役に立たなかった者を吹っ飛ばされていた。


「絶対わざとだ。」


 軍団の者は思っていたが誰も言葉には出さなかった。


「あ、火つけんなよ。素材取れねえだろ」


 ホグマイヤー様はそう言っては水魔法で濁流を出され、魔術士の一部を流したりしていた。


「いや、そっちに流すの可笑しい」と、皆思ったが、やはり言葉に出す者はいなかった。


「お前ら、しっかり働けよー」と、隊員に元気になる薬を飲ませ、魔物と戦っている軍団を横目にホグマイヤー様は素材を集められていた。


「ヒヒヒ。しっかり元は取んねえとな。おい、お前、そこの草、踏むな。」と、言われ一部の飛竜組は飛竜を降り、飛竜を空に待機させホグマイヤー様の素材を集める手伝いをしたりもした。


 時折新しいスプレーを撒かれ、目潰しの効能があったり、痒みを伴ったりし、魔物も苦しんでいたが軍団隊員にもかかったりしていて、「お、わりい。ほら、薬」と、渡されていた。


 今回の魔物は様子がおかしく、突然興奮しだしたかと思うと急に大人しくなったり不自然な様子だった。その上魔物の量は多く、魔術士、治療師は使い物にならず、苦戦を強いられた戦いとなった。


 それでも死人が出ず、討伐を終えたのはホグマイヤー様の奇抜な作戦のおかげであったと思う。ただし、飛竜もこの臭い匂いを嫌がってしまい、匂いが薄い隊員に飛竜の世話を任せ私はジロウ隊長達と陸路の帰路となった。


 この度の戦いに想いを馳せていると、王都に戻った私達にホグマイヤー様が声を掛けられた。


「お前ら、臭いからな。一緒に店に来い。多分、ロゼッタが消臭剤作ってるだろ。匂い落としてから王宮に行け。私も一度店に寄りたいしな。」


「「は」」


 ジロウ隊長と声を合わせ返事をしたが、本当にありがたかった。


 ホグマイヤー様は、臭いスプレーの他にも薬を撒き、それを掛けられると石鹸では匂いが落ちない。


 寝てる間も魔物に襲われる心配が減る事になるが、寝てる間も臭い。


 鼻栓をする者が増えたが、その分口を開け口の中にスプレーが入る者が増え、今度は飴を舐めごまかしていた。


 匂いのせいで飛竜に乗る事が出来ずにいたので、ホグマイヤー様からの消臭剤は大変有難い話だった。


「おーい、帰ったぞー」とホグマイヤー様が「名無しの薬局」に入られ、私達は消臭剤を姉弟子のラン嬢に噴射され匂いを落として頂いた。


 久しぶりに見たジェーン嬢は、顔を覆った変わったマスクを被っていた。


 迎えられた時は驚いたが、臭いスプレーを作ったのがジェーン嬢であるのなら納得である。


 匂いを落とされ、店に入るとラン嬢とジェーン嬢はマスクを外し、笑顔でホグマイヤー様を迎えていた。



 ジェーン嬢は、穏やかにラン嬢と話をしホグマイヤー様の帰りを喜んでいた。


 ホグマイヤー様に抱き着き、涙を流していたが以前見た涙とは全く違う物だった。


 喜び、笑顔でホグマイヤー様のポシェットを受け取る姿は美しい若い女性だった。



 四ヵ月程前になるジェーン嬢との出会いは本当に偶然であった。


 私は王宮へ伝令で訪れた際、偶々時間が少し出来た為飛竜の新しい鞍の注文に王都の馴染みの店にむかっていた。


 突然、「助けて下さい」と、駆けよって来た女性に連れられて行くと大通りで軍団隊員と若い女性が言い争っているのが見えた。何事か、と側に駆け寄ると若い女性が怒りを隠そうともせず、美しい黄金の瞳を燃えさせていた。


 華奢な身体で、背筋を伸ばし立ち向かう姿はとても気高く見えたのに、その後、詰所で静かに涙を流す姿が儚げで、姉弟子に抱かれた姿は泡の様に消えてしまいそうだった。


 大魔女様の弟子、と後に知ったが彼女の事が頭から離れなかった。


 姉の部屋を訪れた際に再会した時は、運命に胸を掴まれ、急いで話しかけたが彼女は私の事を覚えてなかった。


 美しいと言われる私の容姿も、記憶に残るのに役には立たなかったようだ。


 姉にジェーン嬢の事を相談すると、「あらあら」と、笑われ、


「私も良い子だと思うわ。ただ、泣いていたでしょう?今は男性に対して良いイメージは無いのではないかしら?心の傷は見えないわ。時間が必要だと思うの。協力したいけれど、お友達になれたらいいわね」と言われた。


 ハヤシ大隊長からは、「ドラゴンの尾を二度は踏めぬ」と、言われ姉弟子共々個人的には近づくなと釘を刺された。


 ホグマイヤー様は癒しの大魔女、深淵の大魔女、業火の大魔女、色々な呼び名がある。


 ハヤシ大隊長は「どの呼び名も当てはまらぬ。ホグマイヤー様程、高潔で佳麗、慈悲深き方はおられぬ」と言われた。


 神をも食らうと言われるドラゴンに例えられる大魔女は優しく弟子を包みこみ守るのだろう。



 分かってはいる。



 近づかない方が良いのだろう。



 それでも、私はドラゴンの巣に飛び込み黄金をこの手に掴みたい。


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